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一役者の気ままな雑記。 何処へ転がりまするやら。

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三つの四谷ー東海道四谷怪談

新宿通り沿いのスーパー、丸正総本店の正面に
お岩水掛け観音がある。
丸正さんのちょっと先を入ると四谷左門町。
文学座さんのアトリエの少し手前の辺り。

前進座が初めて『四谷―』を手掛けた時には、杉
村春子先生が国太郎お岩への期待を座の新聞に寄せて下さっている。
母であり妻であるお岩を魅力的に描いてくれるであろう期待と共に、
女性なら誰だって一つくらいは化けてでも出てやりたいと思うことがあるんじゃないかしら
と仰っているのが印象深い。

四谷左門町という町名は、そのまま於岩様の父親の名に使われている。
ある勘定によると『四谷怪談』中での死者の数は25人と言うが、この四谷左門氏が最初の犠牲者。

 芝居の民谷は赤穂浪人、実説の田宮家は幕府御先手組の同心。
実在の田宮家があったのが四谷左門町である。
現在、於岩稲荷田宮神社と陽運寺が
斜向いに建つ一帯がその田宮家跡と言われる。
ここが焼けた際に造られた田宮神社が中央区新川にあり、
於岩稲荷は都合三つ残って居る。
明治年間にはさらに別のお岩稲荷が作られて物議をかもした。

お岩さまの墓がある妙行寺が巣鴨にあるのは、明治後の移転による。
元の位置は四谷鮫ヶ橋、左門町からは程近い。
尤も、『東海道四谷怪談』に出てくる四谷は、左門町のある四谷ではなく
雑司ヶ谷の四谷(四家)。

 若い男女の死体が戸板の裏表に釘付にされて流されていたのが発見された。
状況からみて不義密通―今はやりの不倫―の成敗と取り沙汰された当時の事件が劇中に登場する。

 『四谷怪談』は下層武士の困窮生活をとらえたリアルな話から、
途中で超自然の物語へと転換する。そこで舞台は隅田川の西岸から東岸へと移る。
その舞台転換の水先案内人を、南北さんはこの戸板に負わせた。
四谷左門町では戸板を流す川がない。神田川の流れる雑司ヶ谷は合うたり叶うたり。

さて、以上二つの四谷、何方も東海道は通らない。
本編には一切拘わりないが、東海道にも四谷はある。
 遊山と信心を兼ねた“大山詣り”は、江戸で大流行り、落語の題目にも残って居る。
伊勢参りより手軽で、不動と言えば成田より大山だったという著名な信心。
年何十万人が詣でたという。今の伊勢原市の大山あふり神社。
藤沢宿近辺の東海道四谷はこの大山参詣道の分岐点として著名だった。

 『甲州街道四谷怪談』よりはるかに語呂は良し、
本編には一切登場しない東海道四谷をすっとぼけて、
南北さん命名したのかもしれない。
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