FC2ブログ

unputenpu

一役者の気ままな雑記。 何処へ転がりまするやら。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このページのトップへ

チュウケイさん

 記念館の取っ付きにある日本地図、これが見たかったのだった。伊能図と衛星画像の地図とが重ねられて、その正確さが際立つ。
伊能忠敬を大河ドラマに!!

 立川志の輔師匠の創作落語『大河への道―伊能忠敬物語―』は、この展示をみて鳥肌が立った、という処から始まっている。
昨年七月本多劇場で聞いたこの噺から歴史教科書上の人物が身近になり、余りの分量にそれまで手に取る気になれなかった『4000万歩の男』(井上ひさし)でますます興味をそそられた。
井上氏は、“二つの人生を生きた人”として、ご自身の二つの人生と重ね合わて、忠敬さんの野心や生臭さをも描く。婿入りした佐原の商家・伊能家を建て直し、名主として様々な調停、交渉にも腕を振るった男が49で隠居、歴史教科書に載る事績に手を染めるのはそれからである。
橋の右側が記念館、左は修築中の旧宅

今年の芝居納めが、佐原と聞いた時から記念館を訪れることを楽しみにしていた。が、スケデュールが決まってみると、当日の午前(!)二時過ぎに佐原到着、朝仕込、昼公演、帰京。訪問は無理かとも思ったが、小一時間ほど時間を見つけて足を延ばした。道を尋ねた方から、地元ではそう通っていると聞いていた「チュウケイさん」という呼び名が返ってきたのが嬉しかった。
トイレまでの距離もチュウケイさんの歩幅が基準

 二年9カ月前の震災は、水郷・佐原にも大きな被害を齎した。小野川沿いの街並みはかなり復活を遂げて佇まいを生かした喫茶店などが目を引くが、記念館と川を隔てて向かい合う伊能忠敬旧宅は普請中で見ることが出来ない。

 志の輔師匠は、『大河ドラマ・伊能忠敬』を売り込もうとする地元公務員を狂言回しに、伊能図完成に至る歴史背景も笑いと涙の中に手際よく描きだす。
 50歳で20近く年下の天文学者に入門、17年に渉る全国測量が始まるのは55歳の時。当初その志は暦学とその為の子午線一度算出にあり、そのための測量から生まれたのがシーボルトやペリーを驚かせた日本地図だったことは知らない向きもあろう。忠敬さんの人生も然ることながら、その死を三年間秘して地図を完成させた伊能チームのドラマも興味深い。
会館に戻って『赤ひげ』千穐樂。満員の客席が、人の力、人の想い、を実感させる。
スポンサーサイト
このページのトップへ

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://tanji.blog9.fc2.com/tb.php/368-94d5b4de
このページのトップへ

Search

Information

JAMIRA

Calendar

07月 « 2018年08月 » 09月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Categories

Links

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。