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一役者の気ままな雑記。 何処へ転がりまするやら。

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巨人と姫鱒

 十和田湖は八郎が作った湖。
 山の民が岩魚を三尾食べて龍になったというコアラ誕生に似た伝説の続きである。この八郎龍、十和田湖を造りながら理不尽にも訪れた坊さんにその住いを追われている。そのあと安住の地を求めて造ったのが八郎潟。さらに冬季に凍らない湖を求めて田沢湖を見つけ、同じく人間から龍になった田沢湖の主を妻問い、冬は田沢湖で過ごすことになった。
なるほどM字型の十和田湖、龍の爪の一掻きに見えなくもない。

 この独特な十和田湖の形がこの一月に誕生した新生十和田市の市章になった。十和田湖を擁する旧十和田湖町は合併する旧十和田市より面積はやや大きいが、人口では十分の一に満たない。
 十和田湖と奥入瀬にはなぜか縁があり、巡演の途中訪れるのはこれが四度目。今回も十和田から弘前への移動の道すがら奥入瀬渓流を上って湖畔で一休み。

 十和田湖はカルデラ湖。噴火によって出来た窪みに水が溜まったもの。流れ込む大きな流れはない。
 奥入瀬渓流は十和田湖の南、子ノ口を源流として多くの湧水を併せ呑みながら14キロを流れる。子ノ口からすぐのところにある落差8メートルの銚子大滝を魚たちは登ることが出来ず、十和田湖は長いあいだ魚の住まない湖だった。三尾の岩魚を食べてしまった八郎はこの湖の魚も食べつくした濡れ衣を着せられて追われ続けたのかもしれない。


 “十和田湖のヒメマス”について知ったのは、子供の頃読んだ学習漫画『魚・貝のふしぎ』の一篇。ワイナイサダユキという舌を噛みそうな名前が即座に出てくるのはその刷り込みの賜物。明治時代、この湖で姫鱒の養殖に成功した和井内貞行は、それこそ青森の《郷土に輝く人》の筈。
 その動機は干物しか食べられない鉱山労働者に新鮮な魚を食べさせたいということだったという。鯉などを試したが、その習性から効果的な漁獲量を得ず、北海道阿寒湖に生まれ支笏湖に移された姫鱒にたどり着いた。姫鱒は淡水で一生暮らすようになった紅鮭の陸封型。

 十和田休屋の食堂では、今も姫鱒料理を出している。ヒメマスを圧迫しているとも言われるワカサギを筆頭に十二種の魚が現在十和田湖に棲む。
奥入瀬の巨人

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八郎潟八郎潟(はちろうがた)は、秋田県にある湖。かつては日本第二位の面積(220km²)を誇っていたが、大部分の水域が干拓によって陸地化された(陸地化によって陸地部分が大潟村となる)ことで有名。八郎湖や、八郎潟残存湖といった別名でも呼ばれる。狭義には、南

  • 2007/09/29(土) 12:43:18 |
  • 湖の森
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