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一役者の気ままな雑記。 何処へ転がりまするやら。

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爺が茶屋

茶屋坂と目黒清掃工場


 行人坂近くにあった千代が池は、
新田義興の妻千代が身を投げたという伝説の地だが、
今は名残を留めない。
平賀源内作の浄瑠璃『神霊矢口渡』はこの後日談。
源内さんは十代将軍治世、田沼意次時代の人だが、
『おたふく物語』十一代将軍時代、
鬼平が死んだ年から始まる。
『ひとごろし』は其の50年前、
九代家重―大河ドラマで話題になった吉宗の息子―の治世、今回っている
『あなまどい』は赤穂浪士討ち入り前夜の
五代綱吉の頃おいだから更に50年前。
一口に江戸時代と云うが、
半世紀ずつずれた三つの時代状況の中に生きている。

茶屋坂下の中里橋に刻まれた茶屋の景

さて千代が池、行人坂、
爺が茶屋と、この一帯は富士見の名所。
流行した富士信仰による冨士塚、元富士、新富士もこの近辺。
この模擬富士も本物の富士を眺望する絶景ポイント。

 爺が茶屋は、落語『目黒のさんま』所縁の地とされる。
茶屋坂に区教育委員会が史跡碑を建てており、
此処が有力だが、今は渋谷区となった道玄坂説もある。
何れにしても江戸郊外。
 目黒不動尊からも見えた白い煙突は、
現在の茶屋坂の麓にある清掃工場。
旧茶屋坂は新坂中腹の東側にある。
目黒川に沿った緑道は、猛暑の最中にも
散策にジョギングに人通りは絶えない。


 三代将軍が鷹狩りの折、主人を気に入って
“爺、爺”と可愛がったことから爺が茶屋。
その後も代々の将軍家に
名物の団子と田楽を届けた記録が子々孫々伝えられている。
噺の殿さまは、百姓家で秋刀魚を御馳走になる。
無論さんまは目黒産ではないが、
品川から目黒川の船着き場に魚が上がってきたのだという。

『おたふく物語』には、山本周五郎が“キンベエ”と呼んだ後妻
清水きんさん姉妹が投影されているが、
舞台は1800年ころ。
江戸に寄席が盛んに出来始めたころである。



 『おたふく―』の他の舞台、
柳原や向両国にも廻ってみる心算だったが目黒で一寸時間を喰いすぎた。
あちらは他の芝居で行ったこともあるから今日はお止めにして、
恵比寿駅に出て帰途に着いた。

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