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一役者の気ままな雑記。 何処へ転がりまするやら。

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天神の天神さま

 九州一の繁華街は福岡・天神。
地名の由来は容易に想像がつくが、さて何処に天神様がとなると、地元は知らず
首をひねる人が多いのではあるまいか。
鳥居左わきの石柱が件の文字

 楽屋入り前に尋ねた水鏡天満宮は、オフィス街のビルの谷間。
神木の楠は、左側のビルに遠慮しつつ枝を伸ばす。
戦後、繁華街が南下しているので、観光客が歩くエリアからは外れている。

 大宰府に左遷される途次の菅原道真がやつれた姿を水鏡に写した伝説の神社。福岡城建設の際その敷地から現在地に移されたと云う。

 廣田弘毅を描いた城山三郎『落日燃ゆ』の冒頭に出て来る神社が此処。
鳥居の扁額を少年・廣田が書いたというエピソードが象徴的に出て来る。
以前、県社・警固神社と取り違えて何処にそれがあるのだろうと探したことがあった。取り違えたと云うよりも、繁華街のど真ん中にあるこちらの神社の方を想い浮かべながら小説のその件を読んだのだった。
廣田弘毅像

廣田の長男の証言では、書いたのは鳥居の扁額ではなく、鳥居脇の神社名を刻んだ石柱の文字で、17歳の頃だったという。日清戦争戦勝を記念して建てられた石碑の裏には四人の施主の一人に廣田弥平という名がみえる。  
もっとも、扁額を書いたのだと証言した神社関係者もあった由。筆者の署名のない鳥居扁額は、子供の伸び伸びした字を感じさせ、そんな処から話が混同されたのか、或いはどちらも書いたと云うことはないのだろうか。
鷽も沢山

 堂々たる狛犬の脇には、鷽が並び、牛が寝そべる天満宮に、朝から参拝客もちらほら。
見物人のこちらは一寸肩身が狭い。
飲み屋ビルもフィット

 スナックなどの入った右側の小ビルの二階は、手摺を赤く染めて景観を合わせている。
水鏡天満宮が現在地に移転して今年は400年。


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コメント

大宰府はお参りしたことがありますが、こちらはまだ。訪れてみたくなりました。ありがとうございます。

  • 2012/03/14(水) 19:03:36 |
  • URL |
  • マギー #-
  • [編集]

コンパクトながらいい佇まいでした。機会がありましたら是非。

  • 2012/03/17(土) 04:56:42 |
  • URL |
  • 家主 #-
  • [編集]

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