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一役者の気ままな雑記。 何処へ転がりまするやら。

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羽黒山

老杉

庄内は、陸奥、上方、江戸の三つの文化圏が渦を巻く地点だという。
司馬遼太郎氏は歴史紀行『街道をゆく』を始めるにあたって、真っ先に庄内が浮かんだと云う。それほど想いの深い土地なのに、いや、想いの深い土地だからこそか、とうとう庄内―鶴岡、酒田―が取り上げられることはなかった。
中盤を過ぎた頃、さて次の目的地はと聞かれて、一旦庄内を指定したものの、しばらくして何かに懼れたように取り消してその北の秋田に行き先を変更している。拘りの理由は、著作の何処かに記されているのかもしれないが、管見の範囲ではない。 

明治維新時、官軍と闘った奥羽列藩同盟の中でも、最も激しく戦ったのが会津と庄内。そんなこととも関係があるのかどうか。会津若松は、『街道―』以前にも訪れておられるが、庄内に足を踏み入れることはなかったのではなかったろうか。
 羽黒山大鳥居

 新潟から羽越銭に乗る。直流交流切り替えのアナウンスが流れて間もなく左の車窓には奇岩が断続し、さながら小・松島。尤も、後で調べたら途中村上市辺りの笹川流れと呼ぶ景観を、幕末の頼三樹三郎は松島に勝ると賞美している。波に洗われる奇岩

電車は二時間ほどで鶴岡の駅。本体より一足早く着いてこの日は仕事。翌日が一日空いた。

 森敦の『月山』でその名を覚えた月山を前世、湯殿山を来世として、最も下界に近い羽黒山は現世利益を司る。
雪に覆われた月山は多分この季節にはもう登れないのだろうが、何れにせよバスで二時間登るのに二時間、行って帰るだけで一日仕事。今回は羽黒山に向かう。
午後から予報されていた雨は、朝から降りレンタサイクルは断念、小一時間ほどバスで走って、山麓に着いたのは八時半だった。軒並みつるされる

 随身門を潜ると一旦下る石段の両脇は、特別天然記念物の杉林。赤い橋と小滝を越えて少し行くと爺杉と呼ばれる樹齢千年の杉。他600本ほどの杉たちは未だ300~600歳の鼻たれ小僧。
爺杉の向こうに著名な五重塔が覗く。現在のは室町頃の再建だが、創建は平将門と伝えられる。国宝指定の五重塔十一基のひとつ。雪の写真がお馴染みの塔も今日は雨の中。
          爺杉と五重塔

 五重塔の向こうから上がっていく急な石段には“一の坂”の表示があり前途は長そうだ。緑のグラデーションをなす石と落ち葉の色を雨が深いものにする。
               三山合同の社も雪備え

 彼方此方寄り道しながら三の坂まで上って三山神社のある頂に立ったのは、一時間半後だった。
            芭蕉も小蓑を欲しげなり

 別の道から降りようかと思ったが、工事中のようなので同じ道を下る。幅の狭い石段は降りるには骨だが、半分駆け降りたので随身門に戻ったのは二十分のちだった。
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