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一役者の気ままな雑記。 何処へ転がりまするやら。

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THAT'S A PLENTY

 遂に来た、遠からず来るとは思っていた日が。

国立演芸場版「ひとり会」(私は間に合わなかった紀伊国屋ホールでの『ひとり会』の時代がある)や『落語のピン』等で達者な頃の生の高座に触れることが出来たのは幸せだった。そして紀伊國屋・志の輔独演会での中入り前に演じた『芝浜』の凄さ。もう生でああいう噺は聞けないことは残念ながら判っていた。
 
 この四月、日曜の早朝に偶々NHKを点けたら寄席の新番組が始まった。トップ・バッターの志らく師匠が「こんな時間に落語聞く奴がいるんですかね」と云うように、朝五時半からで再放送も無しというのは一寸異常な設定。当初十回の席亭を勤めた圓歌師匠は家元のピンチ・ヒッターだった由。
番組の締めのゲスト対談は歌丸師匠だったが、何やら追悼の趣きがあったし、少し後、文枝襲名会見で家元に触れた時の三枝師匠の涙からも、回復の見込みのないことは想像できた。

 人生の終わり方については、家元の高座で随分昔から話題にしていた。
「病気か、事故死か」と言ったら「お前(の場合)は、他殺がある」と言われたとか
芸を含めた老境の創造に続いて、戒名や葬儀方法は決めてあることを、冗談とも本気とも知れず、家元信者は何度も耳にしてきた。現実に決定された“立川雲黒斎家元勝手居士”という洒落ノメシタ戒名など諳んじているし、『全て満足』と云う名のデキシーに送られて逝くのだというのも周知のこと。ずっと先の話だし、現実にはそうはいかないだろうと思っていたことが現のことになった。
 
 声帯摘出を拒否しての喉頭がん闘病、先月27日に急変して意識のない三週間の末と云う。
遺された音源、映像は豊富にあり、生の高座に出会えた幸福者は生の息遣いを補いながらそれを聞くこともできる。この一年ほどの状況とさして変わりはしない。

 が、秋空にすい込まれそうな程、ぽっかりと穴のあいたような頼りなさは何だろう。



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コメント

ご冥福を…お祈り致します。

  • 2011/11/29(火) 03:13:21 |
  • URL |
  • わありん #nEx7PFYA
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