unputenpu

一役者の気ままな雑記。 何処へ転がりまするやら。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このページのトップへ

手と眼と

 16時2分、吉田町で乗った終バスは、十分後に掛合(かけや)に着く。此処まで7km、順当な所要時間だが、行きに一時間ほど歩いた身には複雑。掛合ー出雲市間は高速バスで45分。

 雲南市吉田町は“鉄の歴史村”を名乗って22年。
 日本で唯一製鉄操業所”高殿(たかどの)”が残る菅谷たたら山内を中心に、山内生活伝承館、鉄の歴史博物館、鉄の未来科学館と展示が充実する。
せせらぎ

 清流に沿って20分も登ると菅谷たたらの建物群。茅葺屋根堂々たる高殿の前に一もとの桂の木。
 製鉄の神金屋子(かなやご)は、白鷺に乗ってこの炎を思わせる樹に天降ったとされる。
 金屋子は女神。醜女と伝えられるその心根に遠慮して、たたら操業中、女たちは化粧もせず高殿にも近づかなかったという。
菅谷たたら高殿と桂の木

 高殿から少し登った生活伝承館から車道をぐるっと回った中学校前の左に未来科学館がある、筈だが、略地図では直ぐ其処にある館が、行けども行けども見えない。辿り着いた道標を左に折れて更に登りが続く。

 未来館では、イギリス近代製鉄との交流を軸に、現在に至る鉄鋼技術が語られる。
 幕末、洋式の反射炉が各地に作られたことは知っていたが、焦眉の急となった大砲製造はたたら製の鉄では適わないことから新技術が導入された消息がここでよく判った。


 全国に優れた鉄を提供し続けた吉田のたたら製鉄は、1921(大正10)年に絶えた。


 1969年11月8日、89歳を筆頭に往年の村下たちが半世紀振りにたたらを再現した。
 極度に湿気を嫌う作業のために炉の地下構造を作るのに四ヶ月という手間のかかる仕事。湿度温度によって炉に風を入れるパイプの数や角度も村下の経験知による。
 出来上がった鉄の品質の目視での分別も、科学的分析と見事に一致するという。

 その一部始終を記録した30分ほどの岩波映画『蹈鞴』は、感動的。70年度の芸術祭賞を獲得したのもむべなるかな。
たたらの炉




 この作業と記録によって蹈鞴製鉄は蘇った。古来の方法をアレンジした近代たたら製鉄は地域の特別授業にも根付いている。
スポンサーサイト
このページのトップへ

コメント

菅谷たたらへ

「菅谷たたら」行ってきました↓
http://blog.zaq.ne.jp/igarage/article/1264/

トラックバックに失敗したので、コメントを残しておきます。

  • 2008/07/22(火) 18:26:53 |
  • URL |
  • 居酒屋ガレージ店主 #-
  • [編集]

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://tanji.blog9.fc2.com/tb.php/140-22e38d12
このページのトップへ

Search

Information

JAMIRA

Calendar

06月 « 2017年07月 » 08月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Categories

Links

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。