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一役者の気ままな雑記。 何処へ転がりまするやら。

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空き部屋

 福岡市動物園は60周年。8年前から再生計画の実行中。
この九月にその第一弾“アジア熱帯渓谷エリア”が完成公開された。
トンネル内で見るとドッキリ
これまで紹介したように、一昨秋のアジアゾウ舎、
昨秋のオランウータンら熱帯の森エリアと
三分の一ずつ公開されてきた施設が全貌を現した。
充分楽しいカバのタロー。水中を泳ぐ姿を見られるようになるのだろうか
 カバ舎の向こうに居たヒョウや
ペンギンの隣にいたマレーグマらが引っ越して来た。
こんな仕掛けも楽しい
来園したばかりで情緒不安定気味に吠える姿が目に残る
ヒョウは頭上の透明な張り出しに肉球を見せてゆったり眠る。

オランウータンもこの日はタワーの上。
正面から見るとディフォルメした縫いぐるみなんですが・・・
カワウソ舎では八月に四頭が誕生、
二頭身半ほどの子供らが鰯にかぶりつく姿が来園者を惹きつける。


 二〇年計画、次のリニューアルは、アフリカ草原エリアだが、
アジアエリアのすぐ向こうに棲んでいた
雄ライオンのヌヌは新居を待たずこの七月に亡くなっていた。
18歳、老衰死だという。飄々とした姿が他所のライオンとは一味違っていた。

 園内を廻ると新施設に移ったための空き室が彼方此方に出来ていて、
昔ながらの獣舎に住む者たちが懐かしくもある。

 ゴリラの住まいにビンドンの姿はなく、彼までも?と思ったが、
ビンドン、もう一度廻ってみたが違う寝相を見ただけ
主を失って雑草繁る儘に成っていた隣の住まいとのドアを開放して
二室の主となった模様。
夏場に水風呂に入っていたこちらは浴室で向うは寝室なのか、
兎も角この日は新しい部屋でのびのび横になっていた。


この数年実績の得られないツシマヤマネコ繁殖のため、
一般展示されていたリキも佐世保へ。
空いた檻の隣は葭簀で半ば囲われ、
同じく天然記念物のツシマテンが慣らし運転中。
待つこと暫し、用心深いツシマテンが姿を見せた

 猿山の緑化に挑んでいるという到津は今回も再訪できなかったが、
福岡は上手くリニューアル毎に来る機会を得ている。
変化を続ける動物園は目が離せない。
土曜の午後の動物園は久し振り。この日は貸切バスが12,3台停まる賑わい。
何時もは平日の空いた時間だが、偶にはこんな雰囲気も良い。

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まいまいずの井戸

東京西郊・羽村に行ったとき、駅の近くに、まいまいずの井戸というのを見つけた。
まいまいずの井戸
擂り鉢状の窪地を螺旋に降りて行くとその真ん中に井戸がある。
カタツムリの殻のような螺旋から
“まいまいず”と呼ばれる井戸は、細い立て坑を掘る機械も技術もない頃、
広く掘り下げておいた中心から井戸を掘ったもの。
初めて出会った”まいまいずの井戸“だが、
武蔵野台地の彼方此方にあるものらしい。

掘り兼ねの井戸、という雅びな呼び名もあって、
こちらは恋の想いの深さに例えて平安の古歌に
”武蔵なる掘りかねの井戸“とうたわれる。
恋のもどかしさと不器用に一途に掘り進んだ井戸の姿が釣り合う。
生命に欠かせない水を地の底から汲み上げる井戸。それは、
井戸端会議の生活感を保ちつつ、何処か神秘性を湛えている。


 文京区にある小石川植物園は
武蔵野台地の東端・白山台に掛かっている。江戸時代の
小石川御薬園内の低地部分、日本庭園の辺りには湧水豊か。
崖上には30ほどの井戸があったという。
 その一つが植物園のほぼ真ん中にある
小石川養生所の井戸。これは掘り兼ねの井戸でなく
我々が一般に知る井戸の佇まい。小石川養生所の井戸

この植物園に避難居住した関東大震災被災者の喉を潤した。
唯一の小石川養生所遺構。

幼時に枯れ井戸に落ちたトラウマを抱える
地上げ商人が出て来る「おくめ殺し」など、
井戸がキーワードになるエピソードが『赤ひげ診療譚』に多いのは、
この井戸のイメージが働いているのかもしれない。

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『赤ひげ』なんて知らないよ

 神戸で『赤ひげ』の返り初日。東京名古屋の大劇場公演を挟んで12月上旬まで全国巡演が続く。

 “下町の赤ひげ先生”などと、人情派の医師を呼ぶのに普通に使われるから、ある年代以上の方たちは、小説も映画、舞台も観なくとも、”赤ひげ”という名に何らかのイメージがおありの様。が、割と近年にも黒澤映画のリメークドラマなどもあった割に
若い世代には、赤ひげ先生、知名度がないようだ。

 NHK連続ドラマの『赤ひげ』を巡る医師のエッセーを読む機会を得たが、「娘には、父ちゃんは“浪花節”が好きなのね」と言われるとある。矢張り、人情派の医者、心温まる物語、というイメージが強かったようだ。
 が、この医師は、『赤ひげ』を”若い医師の技術主義的傾向に対する痛烈な批判“と受け取る。「人間」を診療することの難しさ、人が人を診ることは、如何に優れた医療技術を持っていてもそれだけでは如何にもならない。病だけをみていては診療は出来ないと。


『赤ひげ診療譚』の終章、青年医師・保本は、「医が仁術であるということを知りました。」と言う。赤ひげはそれは「金儲け目当ての似非医者どものたわ言」と応酬する。
「医は仁術」という言葉は、江戸時代によく使われたらしい。『赤ひげ』の舞台、小石川養生所発足当時のベスト・セラー『養生訓』に「医は仁術なり」と出て来るのが江戸での流行の引鉄だろうか。後の書物には、仁に遠いから仁を目指さねばならない、と書くものもある。
医は、よく揶揄されるように算術でないことは無論だが、技術でもない。仁は広く他人を慈しみ思いやること。
手垢がついて軽く聞こえてしまう「医は仁術」という言葉の深さを、このエッセーは語る。「医」を他の技術に置き換えることも可能かもしれない。


NHK『赤ひげ』は41年前。原作は55年前に書かれているが、原作そのままの台詞を喋っても、「現代に合せて書き直したんですね」と言われる。医療を取り巻く問題は55年前、いや江戸の小石川養生所からまだまだ持越している。残念ながらその意味でも『赤ひげ』は古びていない。
 今回の巡演は8,9月の公演後インターバルを置いて神戸から再開。九月の巡演では若い人を強引に誘ったら公演後電話で妙なお礼を言われたというお声を聞いた、
「無理やり誘ってくれてありがとうございました」と。
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鉄人のいる町

神戸に移動して、
あすからの後半コースを前に『赤ひげ』の総浚い稽古。
お借りした三階のリハーサル室の窓からは鉄人28号の威容が。
夕陽に立つ28号
第二次大戦時に陸軍の切り札として極秘開発されたロボットは、
リモコンの操縦者に従って、善にも悪にもなる。
 神戸出身の横山光輝さんに因んで四年前に設置、
隣接するアーケードには三国志ガーデンという施設もある。

三国志の関羽も店頭に

 丁度一月前、『復興はしたけれど』という
衝撃的な題名のドキュメンタリーを見た。
正にこの新長田地区―鉄人に続くアーケードがその舞台だった。
阪神大震災前、新長田は古くから続く人情商店街だったが焼失。
行政は、住民のコンセンサスが充分でないままに
以前からあった高層ビル再開発計画をこの機に実行。
総数44棟という計画のビルは未だ建築が続き
現に三国志ガーデンの正面は工事中のビル。
が出来上がったアスタプラザは店舗が埋まらず、
旧商店街時代の人通りはない。
新ビルに入居した旧商店主たちは、
ローンに苦しみつつも売りも貸しも出来ず廃業もままならない。
駅前に建つコテの碑

 『再開発19年目の現実』と副題された番組の概要は
上の様なものだった。
東北での復興の遅れが云々される一方、
素早く着手された“復興”に潜む現実に考えさせられた。

鉄人ストリート

稽古開始が30分遅れたので歩いてみると
遠目にはそれなりに賑わっているように見えたアーケードは、、
一階にもシャッターが下りた店が多く、二階の入居は極くわずか。

 一口にいう“復興”というものの難しさがここにある。
東北の復興が新たにこの轍をふむことのないこと、
鉄人がこの街の現状を打破してくれることを祈りたい。
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30周年ーオランウータン園制覇

 バスが篠ノ井駅を出てすぐ茶臼山動物園まで4kmの標識。
シャトルバス
篠ノ井まで来る序でもなかなかなかったが、
駅からのアクセスもない為にずっと手が出なかった長野の動物園。
仕事で上田に来るので調べてみたら、土日のシャトルバスが復活していた。
九割方、動物園に間に合う時間には仕事が終わらないと諦めていたのだが、
一時過ぎに上田駅に戻ったので、しなの鉄道に乗った。

 たわわなリンゴ畑の間をうねうね登っていくと、
果樹の向こうには、煙る下界の街並み。
かなりの雨だ。
終点一つ手前の動物園北口で降りる。
細い坂道を暫らく登ると北口。昨日今日が
30周年の動物園祭とのことで記念品のファイルを呉れる。
イベント・テントにコノハズク出張中

取っ付きの新しい建物は、新しく出来たレッサーパンダ舎。
空中回廊を渡るレッサーが屋内で見られる。
他所のレッサーパンダより活発なのは若いからか。
レッサー版、南紀アドベンチャーワールド。

スバールバルライチョウお目見え
 レッサーパンダの旧居は、スバールバルライチョウが襲う。
見られないこともあると但し書きがあるが、
雨というのに律儀に巣の戸口に姿を見せてくれている。
こういったリニューアルはあるものの、全般には鉄格子の昔風の動物園。
屋内のインドゾウはちょっと不機嫌そう。
バードケージの雛たちは、ビニール傘で雨をしのぐ

折角のイベント日だが、この雨。時々行き会う来園者も子供は稀。
彼方此方にテントを出して骨格標本や工作、クイズと趣向を凝らしているが、
訪れる人は少ない。
食事待ちの間もチラチラとこちらを気にする

 目玉のオランウータンはガラス張りの屋内舎の小上りに背中を見せていたが、
食後のヨーグルトを済ませると徐に残りの食べ物を持ってガラスの前まで下りて来た。
デザートを終えて、食べ物持参で降りて来る
ガラス越しに暫し交流。ここには二頭が住むが今日会えたのは娘のフジコの様。
この茶臼山で、国内オランウータン居住園はとりあえず廻り切った。
もっとも母親のキッキには会えていない。釧路など三度通ってやっと全員に会えたのだから、
まだ楽しみは残って居るが、とりあえず一段落。

 猛獣舎は、ライオン雄雌と虎とがそれぞれ一室を占める。雄ライオンの吠え声に雌が和すと、虎もそれに連れ、猛獣三重奏が響く。飼育員さんによると、集団行動のライオンと違って、トラは本来吠える習性はないのだという。中島敦『山月記』のラスト・シーンを思いつつ、話を聞く。
近頃流行りの施設も随分前からあった様子

 グラウンド向うの小屋に無聊をかこつキリンの家族や雨中でも活発な猿山を巡ると閉演間近。
猿山は煉瓦造りのクラシックだし、チンパンジー舎も流行りの人工アリ塚などが随分昔から完備されていた模様。
見どころは多い
振り込められた麒麟の親子は不思議な風情

。何を思うか、ひとり雨に吠える虎の声に送られて南門へ急いだ。

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黄色い足跡ー遊亀公園附属動物園

 大正期に開園した本邦四番目の動物園。
2番が京都、3番は天王寺。リーゼント風の百獣の王

東山動物園前身の鶴舞公園附属動物園は遊亀の一年前に開園しているが、
現在の園とは別と見做されるらしい。

 公園の奥を入るとエントランスは干支の蛇の後に、
園名に因む亀が並ぶ。“遊亀”の名は、
甲府城内にある舞鶴城公園と対をなす命名という。
 アジア象ゆれる

丹塗りの橋を渡るとやんちゃそうなアジアゾウ。
象のいる動物園が日々貴重さを増していることは繰り返し書いている通り。
繁殖に向かない旧式の施設で像を飼育している動物園は、
今のゾウに若しもの事があれば其の儘ゾウのいない動物園になってしまう。
 ここのゾウも一頭のみ。

 池を二度渡って更に陸橋で結ばれる別園と分かれている。
ヒューマンもどき

マイペースな動きが目を引くカナダヤマアラシの向こうに立つのは、
シルバー仮面とヒューマン。往年のしかもマイナー・ヒーローである。
二人の間を入っていくと昭和風の遊園地。様々なキャラクターが並ぶ。
白雪姫やダンボらのキャラクターはそれなりのものだが、
ヒューマンはウルトラマンと混ざった食わせ物。陸橋につながるピグミーマーモセット舎

国内にもこういう遊園地はいっぱいあったし、
今でも地方にいくらか残って居る。いつか来た道。著作権問題は大事だが、
中国人だけが非道の様に言うのはいかがなものか。
黄色い足跡がバクの住処に誘う
 
 ここが突き当りかと思ったら、黄色い足跡が大きな池の向こうに導く。従って池をぐるっと回るとそこにはブラジルバクが憩う。
 戦後復興からでも60年、継足し継ぎ足し空き地を利用してきたであろうことが想像される
プールの縁に木を一本立て置いてビーバーを観易いところに誘い出すなど、
限られたスペースの中での様々な工夫が目を引く。
愛嬌もののカナダヤマアラシ

旭山流の最新施設は薬にしたくてもなさそうだが、此処は此処で温かく魅力的。
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