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一役者の気ままな雑記。 何処へ転がりまするやら。

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十年目


『一本刀土俵入』の前進座初演は創立十年目の暮。

『元禄忠臣蔵』全十篇(当時、更なる数篇の構想もあり、
映画版にはその構想をもとに『山科閑居』の場も撮影されているが、
結局この後新作は完成しなかった)
の系統的上演は、創立十周年をはさんでの大事業。
どちらも数年前から懇望し続けて実現した快挙、
前進座の新しい一歩を象徴する二作品だった。

 『一本刀―』は、十年前に初演した六代目菊五郎の名舞台があり、
その教えも乞うた。
“貴方の様には出来っこありませんから、自分に合っているところを取らせて頂きます”とことわり、
六代目も“それぞれの柄があるのだからそれでいいんだ”と答えたと記してある。
これだけ読むと稽古前に訪ねたように見えるが、
座の記録に当たると、六代目を訪ねたのは千秋楽三日前の十二月十八日。
翫右衛門は病院通いと稽古等で開演前には時間が作れず、
五代国太郎は38度の熱発でこの日もあきらめるしかなかったという。

満身創痍で公演の成功にぶつかっていく創立メンバーたちの姿が浮かんでくる。

”六代目とは違った工夫と行き方”と、劇評は言う。
下座の前に煎餅屋を出したり、本物の鶏を登場させたりなどと今に伝わらない工夫もある中で、
“団子”を巡る一連の段取りも、この初演時にすっかり出来上がっているのは前に書いたとおり。

 さて、忙しい中で、立ち上がって様々な工夫を実演して見せる六代目の姿を
横でじっと見ていたのは、当時日本一と言われた竿師。終わってこう言った、
「何の道でも同じですな」。

『元禄―』上演の実現は、『新門辰五郎』『乃木将軍』『将軍江戸を去る』と
真山作品に挑戦を続けた成果の他に、この連作を手掛けてきた
二代目左團次が物故したという事情もあった。
が、『一本刀』がなぜこの年まで許可されなかったのか
ハッキリ記した文章は、管見の範囲でない。

駆け出したばかりの劇団にこの作品は
「まだまだ早い」と見続けてきて、ようやく厳しい眼鏡に叶ったということなのだろうか。

 十年の歳月がもう一人の主人公であるこの芝居の上演許可は、
十年の頑張りへ粋な計らいでもあるように思えてならない。
「お蔦のことは、国太郎に聞け」と、
この上演後はお墨付きを下さっている。
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