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一役者の気ままな雑記。 何処へ転がりまするやら。

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満開の下

 大詰の舞台に横たわっていると、桜の花びらが散りかかる。
桜にしてはちょっと大ぶりの花びらたち。
花弁は、紙雪とは違って舞台一面に降るわけではない。
気が付けば、私が倒れるのはちょうど山桜の大木の下。
高所恐怖症の演出部員がこの真上から桜吹雪を起こしている。
山桜の花弁

 『シラノ・ド・ベルジュラック』僧院の場で
シラノに降り懸かる鈴懸の葉の完璧な色合に感服したのは
芥川比呂志丈。巴里の劇場でのこと。手に取ってみて、
地のままの安っぽいハトロン紙であったことにすっかり愉快になったと、
『「シラノ」の落葉』というエッセーに記している。
何と絶妙の方法を見つけ出すものか、歌舞伎の時代も含めて芝居者という連中は、と。

 花見時期がズレにズレたこの春に配慮したわけではないが、
今年の五月国立公演は二本ともに桜ほろほろと散る大詰。
『御浜御殿綱豊卿』では、枝垂れ櫻の下で綱豊卿と富森助右衛門が立ち回る。
綱豊卿は能装束に装っている。
死の前月に初演した二代左團次丈には面をつけての立ち回りが厳しかったのか、
能の演目を直面の『望月』に替えて演じたが、前進座は原作の『船弁慶』に戻した。

“西国に滅びし平家の一門”登場の謡に乗って、
知盛の霊と闘う助右ヱ門の姿が、桜の下に夢幻のように浮かび上がる。
滅びた家の亡霊たちは、赤穂の浪人たちでもある。
助右ヱ門は自らの影と闘っているようでもある。
正直、十数年前に見た時には長すぎるように思ったし、
台詞がトントンと行かない時は今回もそう感じるのが当然だろう。

が、今回の舞台稽古を見ていて、この地獄めぐりを越えての大詰が、
作者の意図だったのかもしれないと、心付いた。

騙し討ちによる復讐劇『望月』では、此処までの芝居の展開にそぐわないようだ。
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麹町新五丁目

 JR四谷駅から、国立劇場へ通う道が麹町大通り。

麹町という地名を憶えたのは、“麹町の猿”のフレーズでお馴染みの落語『厩火事』。
落語に登場するときは御屋敷があったり商店が並んだりという場所柄。
町名の由来は、旗本小路から来たとも、麹を扱う店からとも言い、軍配が決まらない。
 
 『元禄忠臣蔵 御浜御殿綱豊卿』には、
富森助右衛門の住居として“麹町新五丁目”が登場する。
現在の江戸の麹町五丁目は現在の麹町三丁目界隈。
だが、助右衛門が住んだ新五丁目―新麹町という呼び方もあるーは、
国立劇場から少し上がった平河天満宮付近。

 麹町の住人たちが強制移住させられたため
ここを新麹町と呼んだらしい。

赤穂浪士47人のうち17人までもが、この新麹町に潜伏したという。

 朝晩、会社員や学生の群れに包まれるように通りへ出て、
麹町を散策しつつ国立劇場に出勤する。突当ればかつての千代田城。
時に装甲車が警備する現在の麹町風景。
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十年目


『一本刀土俵入』の前進座初演は創立十年目の暮。

『元禄忠臣蔵』全十篇(当時、更なる数篇の構想もあり、
映画版にはその構想をもとに『山科閑居』の場も撮影されているが、
結局この後新作は完成しなかった)
の系統的上演は、創立十周年をはさんでの大事業。
どちらも数年前から懇望し続けて実現した快挙、
前進座の新しい一歩を象徴する二作品だった。

 『一本刀―』は、十年前に初演した六代目菊五郎の名舞台があり、
その教えも乞うた。
“貴方の様には出来っこありませんから、自分に合っているところを取らせて頂きます”とことわり、
六代目も“それぞれの柄があるのだからそれでいいんだ”と答えたと記してある。
これだけ読むと稽古前に訪ねたように見えるが、
座の記録に当たると、六代目を訪ねたのは千秋楽三日前の十二月十八日。
翫右衛門は病院通いと稽古等で開演前には時間が作れず、
五代国太郎は38度の熱発でこの日もあきらめるしかなかったという。

満身創痍で公演の成功にぶつかっていく創立メンバーたちの姿が浮かんでくる。

”六代目とは違った工夫と行き方”と、劇評は言う。
下座の前に煎餅屋を出したり、本物の鶏を登場させたりなどと今に伝わらない工夫もある中で、
“団子”を巡る一連の段取りも、この初演時にすっかり出来上がっているのは前に書いたとおり。

 さて、忙しい中で、立ち上がって様々な工夫を実演して見せる六代目の姿を
横でじっと見ていたのは、当時日本一と言われた竿師。終わってこう言った、
「何の道でも同じですな」。

『元禄―』上演の実現は、『新門辰五郎』『乃木将軍』『将軍江戸を去る』と
真山作品に挑戦を続けた成果の他に、この連作を手掛けてきた
二代目左團次が物故したという事情もあった。
が、『一本刀』がなぜこの年まで許可されなかったのか
ハッキリ記した文章は、管見の範囲でない。

駆け出したばかりの劇団にこの作品は
「まだまだ早い」と見続けてきて、ようやく厳しい眼鏡に叶ったということなのだろうか。

 十年の歳月がもう一人の主人公であるこの芝居の上演許可は、
十年の頑張りへ粋な計らいでもあるように思えてならない。
「お蔦のことは、国太郎に聞け」と、
この上演後はお墨付きを下さっている。
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男装の奥女中

 昨暮れから女形が続く。
『鏡獅子』の白(はく)の臈女、『三人吉三』の夜鷹、今回が初参加の『御浜御殿綱豊卿』の局。

『御浜御殿―』は、次期将軍・綱豊と赤穂浪士・助右衛門との丁々発止が呼び物の
男っぽい芝居ながら、通り掛かる吉良上野介まで入れても、男の役は六七人。
残りは奥女中軍団。この芝居でだけ女形を経験したという役者もいる。

 私が以前に経験している女形は少々癖のある役。
一般的な女形は鬘合せから勝手が違った。
 鬘は、銅の地金を叩いて土台を合わせるオーダー・メイド。
そのクリの感じがなかなか解らない。

鉄腕アトム?

富士額という言葉があるが、
クリ(刳り)とは、神の生え際の曲線。入座した頃は地髪の生え際が富士のようだったので、先輩女優が「今度の役はこの人みたいなクリにして貰おう」と言われたことがある。 
顔の印象は鬘の刳りで決まる。特にスッポリと被ってしまう女形の鬘では、
顎以外の輪郭は鬘次第。
額の生え際(雁の飛ぶ姿に似ることから雁金(かりがね)、鉄腕アトムの額のM字部分)の
角度などが印象を決定し、歌舞伎では役どころをも決めてしまう。
 
 奥女中たちが浜離宮で繰り広げるレクリエーションの一日。
前進座初代たちが工夫して内外で踏襲されている幕開きの綱引きに始まり、
仮装芸尽くしが一幕を彩る。男装の奥女中たちは、女優が演ずる。
 青果先生、女形が男に戻っても仕方がない、ここは女優で、と
二代左團次丈の初演でも『笑いの王国』から女優を出したが、
この時は今一つうまくいかなかった様子。
その後はカットされるのが通例となっているが、
前進座では女優陣の腕の見せ所。

 
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廃業クラブ

 やはり大変な芝居である。

旧劇場に移って『元禄忠臣蔵 御浜御殿綱豊卿』の稽古が進む。
真山青果先生の連作『元禄忠臣蔵』は全十篇が残されている。
大石内蔵助が出てこないのは、最初の『江戸城の刃傷』と第五編の『御浜御殿』。
『刃傷』は次の『第二の使者』と合わせて上演されるのが慣例だから、
『御浜御殿』が唯一の番外編、外伝ともいえる。
御浜御殿 現在の浜離宮恩賜庭園

この連作最終の『大石最後の一日』が最初に書かれ、
時系列とは別に書き進められたから、
『御浜御殿』が書かれたのは九番目。
初演は他の連作をも手掛けた二代目市川左團次丈。


 台詞の多いのは青果作品どれもだが、
それに慣れているはずの左團次丈が、
「覚えるだけで死んじゃうよ」と驚いた。
既に病魔に侵されていたのだが、可成りのカットの上で上演、
千穐樂を前に休演し、翌月数日出勤したものの不帰の人となった。
 同じく青果の台詞に苦労した新派の井上正夫丈は、
「よくあれを憶えられました。左團次さんを殺したのは青果先生のあのセリフですよ。」
と言ったという。

 『元禄忠臣蔵』全十篇を系統的に初上演したのは前進座だが、
厳しい稽古で行き詰まった役者たちが顔を見合わせると
「何か良い仕事ない?」と言い交し、『廃業クラブ』の名を奉られた、
と先代菊之丞が書き残している

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茂兵衛の墓



 このところは自身の一族を素材にした『中沢家の人々』で持ち切っている圓歌師匠だが、
一時は『西行』や『三味線栗毛』といった古典など広く手掛けておられた。
私は子供の頃、TVで『授業中』『浪曲社長』といった往年の新作を辛うじて聞いている。
カール・ブッセも上田敏の名も、覚えたのは“山のあな、あな…”で有名な『授業中』を聴いた子供の頃


 この三代三遊亭圓歌師匠に、『安孫子宿』という新作がある。
昭和の旅館を舞台の捕り物人情劇。『一本刀土俵入』の劇が引き合いに出されるが、握り飯がサゲに関わるのでお蔦が茂兵衛に恵んだのが握り飯であったような口ぶりになっている。

こんな新作落語ができ、ヒロインお蔦の故郷とされる越中・八尾の小原節には、お蔦をうたった新作歌詞が出来た。駒形茂兵衛に至っては、墓まで“発見”された。

『一本刀』が有名になったのちに、駒形の然る寺で茂兵衛という墓が見つかったという。土地では芝居の茂兵衛が帰農して百姓一揆の張本人として処刑されたという義民ドラマを創り上げた。が、無論『一本刀』はフィクション。この墓とは偶然名が一致したまでだが、長谷川先生は土地の人の心情を思って敢えて否定しなかった。先生の人となりも偲ばれるが、作品の人気をも思わせる一挿話。
今でも芝居をご覧にならない方でも『一本刀』の題名位は聞いたことがあると仰言る。
漫画家・小林まこと氏は、今だから伝えたいことがあると、長谷川作品を順次劇画化中。『一本刀』もすでに上梓されている。
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