unputenpu

一役者の気ままな雑記。 何処へ転がりまするやら。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このページのトップへ

毛羽二重

 毛羽二重、略してケハブと呼ぶ。
薄手の絹に鬢付け油を浸ましたものが、鬘の下に施す“羽二重”。
ここに髪の剃り跡を年齢に応じた濃さの青で描くと
月代(さかやき)が出来る。
その代わりに髪を一本一本植えた物が毛羽二重。
無論手作業である。

浪人や病人など、月代が伸びた役の際、
鬘と一体になったムシリか毛羽二重かを使う。

 歌舞伎の白塗りの役なら、ムシリ。
色気があって聊か様式的。ムシリが似合わないようなら
役者をやめた方が良いなどと言われることもある。
五十日と呼ばれるムシリが殆ど。五十日程伸ばしたと云う意味で、
月代部分の髪が正面に向かって伸びている。古は熊の皮を使った。
 リアルに考えれば、
髪が短い間は正面に向かって伸び、
伸びて来ると後ろに流せるようになり、
さらに長くなれば総髪に束ねるということだろう。

 毛羽二重は当然ながら、羽二重の月代部分だけに毛を植えているから、
鬘を掛けるまでは浪人の厳つい顔の上に
大五郎のようなヘアスタイルが乗る事。
様にならない一寸不思議な格好で楽屋をうろつくことになる。

 手間を掛けて植えた毛羽二重だが、
こういう役は何年に一度だからその時限り、
別の役に流用することは先ずない。

今回『おたふく物語』で使った羽二重も
一応は取っておくものの
多分今日でお役御免。
にほんブログ村 演劇ブログへ
にほんブログ村
スポンサーサイト
このページのトップへ

周五郎十八番

 來春には身の振り方を決めなければならないと云う歳の暮れ、
上京して吉祥寺の前進座で試験を受けた。
 ペーパー・テストは
一般教養と演劇教養の二種。

演劇教養と言っても、作者名と作品名を結ぶなど
解り易いものだったが、
“次の言葉を説明せよ 『所作台』”という一問には答えられなかった。
ちなみに所作台とは、舞踊劇の際、足のすべりや足拍子などの響きを良くするために
舞台の上に敷き詰める檜で出来た置き舞台。
 実技は、課題による朗読とエチュード、それに歌だった。

中央線からの前進座劇場

 試験を終えて、広島に戻るべく中央線に乗った。
吉祥寺駅を出た電車の右手に“前進座劇場”という看板が見え隠れする。
果して、私はここに戻ってこられるだろうかとその看板を眺めたのは
もう遙か昔。

 前進座劇場の閉館まで三か月。
本日初日を開けた『おたふく物語』は、
劇場ラストの新作であり、女優陣出演作品としても悼尾。

 前進座に所縁深い山本周五郎作品。
劇化十八番目が
劇場での新作のラストを飾る。


にほんブログ村 演劇ブログ 役者へ
にほんブログ村
このページのトップへ

土下座?像

三条の彦九郎蔵

 三条大橋の袂に、異様な像がある。
そのサイズも又そのポーズも他に例を見ない。
旅装りの侍が両手をついている。
 何の像とも知らず、“ドゲザで三時”などと
待ち合わせ場所に活用されているらしい。
 この姿を土下座と呼ぶことに異を唱える向きもあるようだが、
皇居を遥拝しようが、朝帰りを玄関で詫びようが、
地に跪いて礼をしている姿は土下座に変わりなかろう


 男の名は、高山彦九郎。
尊王思想を遵奉して諸国を遊説して回る半生だった。
寛政の三奇人と呼ばれ1793年には久留米で割腹を遂げている。享年47。

自分の人生は空しかったと云い、また割腹後に駈けつけた役人には
「発狂せるのみ」と語ったと云うが、理由は不明確。
銅像の姿の如く、桁外れの感情を精神の振り幅を内包していたと思うしかない。
 久留米で半日空いた日に櫨並木を見に行ったら、
道すがらの民家の間に終焉地の碑が建っていた。
終焉の地

半世紀の後、幕末の志士たちには影響を与えたらしい。
明治期の教科書には大きく取り上げられたらしい。
 俗曲である“さのさ”にも、
人は武士/気概は高山彦九郎/京の三条の橋の上/
遙かに皇居を伏し拝み/落つる涙は鴨の水
 と謳われる。


 人は武士、に続いて名が挙がると、
武士の中の武士の様だが、出自は武士ではなく、
百姓の次男坊、その学識と見識に奇人として
武士姿で歩くことがお目こぼしになったらしい。
久留米墓地の顕彰像

京三条の銅像は昭和初年に建って
終戦前年には供出、
に再建されたという。
思想の是非はさておき、この像を見る度に
人間とは得体の知れないものだと云う想いを新たにする。


にほんブログ村 演劇ブログへ
にほんブログ村
このページのトップへ

リセット

秋の兆しも

 27日羽田に着いた足で劇団へ。立体朗読『ひとごろし』の
総仕上げ。東京に北海道に、それぞれ分かれている間に、
彼処はこうすれば、此処の繋がりがもう一つ、と
十日の間の思い付きを持ち寄って、修正しながら稽古が再開。
30日は台風直撃という日にも拘らず暖かい客席に、ほっと一息。
 台風も早く通過した様子で、公演後『おたふく物語』の粗立ちを終えて
帰宅した頃には雲間に中秋の名月。


 翌朝は台風一過、真夏が舞い戻る。
十月初日の炎天下、水分補給

稽古前に、都民の日で無料開放の井の頭自然文化園を散策。
四半世紀も劇団に通っていながら五年振りの二度目。
こんなに身近にあるのだからパスを持って毎朝来ても良さそうなものだが、
日々に追われてそうもいかない。
北海道の園の方が馴染みが深い。 
リス生息帯を歩けるの園はそう多くはない

戦後初来日のゾウ、はな子は心なしか痩せて見えるが、健在。
但し、ここも又こののち新たに象を迎えられる施設ではない。
午後から『おたふく物語』稽古。
夕間暮れには劇団の窓からも舞う蝙蝠の姿が見える。
大都会には生きにくくなっただろうが、江戸の町に蝙蝠は付き物。
今年は国際蝙蝠年。
釧路市動物園・北海道ゾーンの蝙蝠の巣箱

にほんブログ村 その他趣味ブログ 動物園・水族館へ
にほんブログ村
このページのトップへ

Search

Information

JAMIRA

Calendar

09月 « 2012年10月 » 11月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Categories

Links

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。