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一役者の気ままな雑記。 何処へ転がりまするやら。

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三年目の初対面

やっと会えたひな

二年前の六月と九月、釧路で生まれたばかりのオランウータンを訪ねたのだが、
それぞれ一頭ずつの親に会えたものの、仔との面会は果たさなかった。
 三度目の正直で、ひなと初対面。3月1日生まれだから二歳半。
前二回はひなの母と父とにそれぞれ会えたが、今回は全員揃い踏み。


類人猿舎の中からは工事のような音。
入ってみると、何が気に入らないのか、ただの遊びなのか、
チンパンジーの一頭が檻の格子を叩き続けている。
トナカイ、エゾシカ舎にはそれぞれ新たな命。
トナカイの仔。牛っぽい。 エゾシカの仔。

釧路のみで飼育繁殖されていたシマフクロウの道内四園分散構想が開始、
円山に二月、旭山に三月と、此処で産まれた兄妹が旅立った。
二年前のクックとロック

 飼育係が作った説明プレートは近年珍しくはないが、
ここには市内の学生、生徒の研究学習の場として開放された成果も
展示されている。

道内で進められている、エゾシカの有効利用の研究なども掲示される。
オオカミなどを滅ぼしてしまった為に、鹿が増え過ぎて害をなす。
駆除をするハンターまでも高齢化して後継ぎを持たない絶滅危惧種という現状。
積極的に囲い込み広く食用化することが研究されている。
エゾヒグマの数は随一

我々人間は自ら破壊してしまった食物連鎖を再編しなければいけないのかもしれない。
所詮、動物園は、ヒトに都合よい施設。
自然界では淘汰されているであろう弱者が人工的環境で生きている事もひっくるめて、
ヒトとは違う他者たちの存在に接する場所ではいろいろな事を考えさせられる。 
ココアの食事。猛獣ヶ肉を貰えるのは週1,2回の筈。
エントランスの二大スター・象とキリンは、二年前と同じく不在。
ゾウが寿命を迎えた動物園に新たに迎えることは難しい。
何時でもゾウが見られる環境に育った我々と比べ可哀そうだけれど、
これもヒトが自ら招いた今の環境。
 キリンを贈ろう

市民の間からは、キリンを贈るプロジェクトが進んでいる。
猛獣舎のドア・ストッパーが頑張る動物園を象徴


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チューブを巻いた少年

 学研の雑誌『学習』辺りに載っていたのか、
単行本であったか定かでないが、
“空気のなくなる日”という物語を子供のころ読んだ。
この春先から、どうもこの物語が頭から離れない。


 明治の末の物語。
76年周期で接近するハレー彗星に依って、地球上に
数十分間、真空が出来る、との噂。
浴槽に潜って息を止める訓練など、様々な協奏曲が演じられるが、
最終的に浮輪や自転車のチューブに空気を詰めるのが最善策となる
(実際真空になれば、そんなものは破裂してしまうのだろうが)。
が、一般家庭でそんな高価なものは買えず、
主人公の家では有りっ丈の金をはたいて子供の為に
買えるだけ買おうかと算段するが、
少年は自分だけ生き残っても仕方がないと断る。
今夜がその日。
地主の子は沢山のチューブを肩から掛けて得意げだった。
 結局、空気がなくなる事はなく、
ホッとした主人公は得意げにしていた少年を
少し可哀そうに思うところで物語はおわる。

こんな協奏曲は実際にあったというが、
何故この物語が好まれて、繰り返し取り上げられたのだろう。
自分だけが助かると云う優越感に浸っていた
金持ちの御曹司は愚かしく卑しい。
村で唯一生き残った一家はどうやって生きていくのか。
けれど、彼を一人のピエロに仕立てて、
主人公に憐れませて終わって仕舞っていいのだろうか。
チューブで生き残れるわけがないという観点からすれば、
デマに惑わされるなという教訓は汲めるかもしれないが。
案ずるより産むが易し。大山鳴動鼠一匹、杞憂。

危険な施設などへの危惧や
備えることそのものを笑い飛ばしたような印象が残ってしまう。



 昨年の震災時には、半年ほど前に模様替えと
書棚の固定などを行ったので殆ど落下物もなかったが、
意識的に備えたわけではなく、偶々序でがあってしたまでのこと。
 それ以外の備えは、日々に追われて対策は後回しに成る。
明日来るやもと思えば、備えを優先する筈だが
取敢えず明日ではないと、決めてかかっている処がまだある。

今後は同じ物語でも読み方が変って行くのだろうが、
当時の作者は一体何を意図したものだろうか。


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二年振りの旭山

ジャック

ちょうど二年振り、三度目の旭山。
 移動のバスが予定より一時間ほど早く着いた。
今回は搬入に行かないので路線バスで旭山に向かう。
今回初めて往復時間より聊か多い時間滞在できた。

口蹄疫問題で閉鎖されていたエゾシカ舎には初めてなのと、
丹頂、爬虫類舎が昨春に新設。
完成後オジロワシが仮入居していた
“もうきん舎”には本来の住人シマフクロウが
釧路からこの三月入居した。
3/11釧路市動物園から着任

北海道産動物舎はリニューアル中。
 取敢えず奥のオランウータン舎に向かうと屋外の檻に人だかり。雄のジャックの食事時間に巡り合わせた。
 輪切りのバナナの皮だけを舌で選り出して見物人を感心させた後、頭上17Mの雲梯を伝って運動場でデザート。右にあるオランウータン館(屋内施設)の窓に張り付いた子の森人がその様子を眺めている。
 最初に訪れた7年前、この雲梯に挑戦していた姉のモモは三年前に事故死。ロープが首に絡まっての窒息だったという。
運動場に移動したジャックリアンは館でお昼寝森人は窓に張り付いたまま


その頃工事中だったクモザル・カピバラの雑居舎では、
完成間もなくクモザルがカピバラに噛み殺される
不幸な事故があったが、現在は距離を保って共存している。くもざるカピバラ舎

二月前に逃げ出して紋別市コムケ瑚に
馴染んでいる事が奇しくもこの日報じられた。
相手は生き物、どんな仕事にもアクシデントは付き物だが、
苦労とそれ故の喜びは絶えないことだろう。
 チンパンジー舎は前回に続き二回目だが、
四歳違いの二頭が延々とじゃれ続ける。
ペンギン舎のアクリル・チューブが水中を貫くように、
チンパンジーの居住区にヒトがお邪魔する。
チンパンジーをこの迫力で見せて呉れる施設は
今の処全国に一寸類がない。
大迫力
頭のすぐ上を駆けまわるチンパンジーも面白いが、
それをアングリ見上げるヒト達も見もの。

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秋刀魚はネムロに限る

秋刀魚水揚げ

 北海道の演劇鑑賞会さんの旅、
今回は8ステージ。最初の6ステージは連日。
酷暑の東京を脱出との思惑は外れて、夜着いた函館は蒸し暑い。

 函館昼公演を終えて苫小牧に移動、
会館から少し歩くと海の所為か日差しに加えて湿気が厳しい。
楽屋は陽光を採り入れるべく巨大な窓にブラインドもなく、
会館に冷房機能は一切ないので蒸し風呂状態。
建った頃の北海道の気候とは様変わりしてしまったと云う事なのだろう。


 翌日は江別に移動公演後、札幌泊り。
今回札幌は寝に行くようなもので、滞在するのは十二時間弱。
動物園は流石に無理だが、23時まで開いている
行きつけの寿司屋には巧くすれば間に合う。
何時もは駅の回転タイプの店なのだが、
ホテルの隣に別の支店がある事が判ったので
閉店一時間前に滑り込む。

 ここは根室産の魚介を中心に揃えている。
根室の魚直送の店も今は東京にもあって、
場合によっては札幌に送られるより早いとか。
この日美味に感じたのは秋刀魚。
秋刀魚の寿司や刺身と云うものは、十数年前東北で初めてお目に掛ったのだと思う。
水揚げ地では生でも食べられるらしいという話を聞いた程度だったが、
これも流通の妙か、近年では遠隔地でも一般的。
 寒流に乗って移動する秋刀魚は、酷暑の所為か高騰している。
主要水揚げ港は東北北海道に集中するが千葉もベストテンに入る。
近畿方面まで回遊する魚は江戸でも食べられたということだろう。 
根室は、現在秋刀魚の水揚げ日本一。
脂の乗りきる前の晩夏が刺身に最適という。

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翌朝は旭川に移動。旭川の夜ようやくTシャツ一枚では肌寒い程になった。
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爺が茶屋

茶屋坂と目黒清掃工場


 行人坂近くにあった千代が池は、
新田義興の妻千代が身を投げたという伝説の地だが、
今は名残を留めない。
平賀源内作の浄瑠璃『神霊矢口渡』はこの後日談。
源内さんは十代将軍治世、田沼意次時代の人だが、
『おたふく物語』十一代将軍時代、
鬼平が死んだ年から始まる。
『ひとごろし』は其の50年前、
九代家重―大河ドラマで話題になった吉宗の息子―の治世、今回っている
『あなまどい』は赤穂浪士討ち入り前夜の
五代綱吉の頃おいだから更に50年前。
一口に江戸時代と云うが、
半世紀ずつずれた三つの時代状況の中に生きている。

茶屋坂下の中里橋に刻まれた茶屋の景

さて千代が池、行人坂、
爺が茶屋と、この一帯は富士見の名所。
流行した富士信仰による冨士塚、元富士、新富士もこの近辺。
この模擬富士も本物の富士を眺望する絶景ポイント。

 爺が茶屋は、落語『目黒のさんま』所縁の地とされる。
茶屋坂に区教育委員会が史跡碑を建てており、
此処が有力だが、今は渋谷区となった道玄坂説もある。
何れにしても江戸郊外。
 目黒不動尊からも見えた白い煙突は、
現在の茶屋坂の麓にある清掃工場。
旧茶屋坂は新坂中腹の東側にある。
目黒川に沿った緑道は、猛暑の最中にも
散策にジョギングに人通りは絶えない。


 三代将軍が鷹狩りの折、主人を気に入って
“爺、爺”と可愛がったことから爺が茶屋。
その後も代々の将軍家に
名物の団子と田楽を届けた記録が子々孫々伝えられている。
噺の殿さまは、百姓家で秋刀魚を御馳走になる。
無論さんまは目黒産ではないが、
品川から目黒川の船着き場に魚が上がってきたのだという。

『おたふく物語』には、山本周五郎が“キンベエ”と呼んだ後妻
清水きんさん姉妹が投影されているが、
舞台は1800年ころ。
江戸に寄席が盛んに出来始めたころである。



 『おたふく―』の他の舞台、
柳原や向両国にも廻ってみる心算だったが目黒で一寸時間を喰いすぎた。
あちらは他の芝居で行ったこともあるから今日はお止めにして、
恵比寿駅に出て帰途に着いた。

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ハナシが違う

 リレー勧進帳の三日後に前進座劇場で上演されたのが、太宰治・原作『貧の意地』。
スネ夫

“朗読劇”というタイトルなのだが、見台を持って出演者が歩き廻り、杵屋佐之義師に黒御簾をお願いするという不思議な芝居。
 前進座メンバーの他に、劇団・ヘロヘロQカムパニー主催の関智一 丈、
ヘロQ出演常連の置鮎龍太郎 丈に御出演頂いた。

 一昨年、座から三人の役者がへロQの芝居に参加させて頂いた。その御縁からの交流だが、お二人のスケデュールの合間を縫って深夜の稽古も屡だった。
置鮎氏が主演するアニメ『トリコ』を私は今回初めて見てみたが、声優の仕事を中心に売れに売れているお二人である。関氏は『ドラえもん』のスネ夫役が一番お馴染みだろうか。
 “一寸アドヴァイスして”と云われて参加したら、何時の間にか“指導”と云う物々しいクレジットが付いていた。
 お二人とも上演後のアフター・トークで、「朗読劇と云われて参加したのだが、ハナシが違った」と暴露。
もう一つ話が違ったのが、来年の正月。『三人吉三巴白浪』公演の夜の部三回だけ、
大川端、但し人物はシューティング中の照明さん

“前進座 NEXT”と銘打って若手キャストで上演するのだが、ここにも関氏にご登場いただく。
しかも主役トリオの一人、お坊吉三。
 かほどの大役とは夢にも思わず一寸顔を出すだけと思って引き受けた由。
アフター・トークで実演した『毛抜』のせりふ回しも一回でマスターする耳と勘の良さ、どんなお坊を見せてくださるか今から楽しみ。
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行人坂

 目黒不動の裏手墓地、青木昆陽の墓からすぐ石段を下ると、山手通り。
歩道橋の向こうの目黒川を渡る。
江戸期に架けられた太鼓橋はその名の通り弧をなす橋で、
浮世絵に残る名所だったが、大正期に流されて現在は変哲もない鉄筋の橋。
雅叙園を右手に行人坂を登る。

お七吉三絵巻の一部が碑となって建つ

 あっちこっち削ったり埋めたりしている現在の地形から江戸を類推するのは
いささか危険ながら、
江戸と目黒不動を結んだ坂は昨今まれな急勾配。
この坂の名は“目黒行人坂の大火”というフレーズで耳に親しい。
行人坂の火事ー明和の大火は、江戸三大火事の一つ。
 1772(明和9)年、坂の中腹にある大圓寺から江戸を舐めつくし
千住まで及んだ。悪僧による放火だった。
時の火付盗賊改方長官は、長谷川平蔵宣雄。
“鬼平”宣以の父である。
二月の放火犯は四月に捕縛、六月に火炙りにされたが、
宣雄はこの秋、京都西町奉行に栄転している。


 三大火事の第一は、1653年の明暦の大火(振袖火事)。
防火機能をはじめ江戸都市計画を一変したこの火事は、
幕府に依る放火という俗説まである。
江戸城天守閣まで焼けたのだからまさかそんなこともあるまいが。
焼失した本郷吉祥寺の門前町の人々が武蔵野・吉祥寺に村を開いたのも、この火事による。

絵文字で描かれた念仏車。文盲用?

もう一つが、1683年の天和の大火。
お七火事とも呼ばれるが、大火そのものはお七の所為ではない。
この大火の避難時に寺小姓・吉三に出会い、恋に落ちたお七が、
火事になればまた会えると思い自宅に放火したというのが、
伝えられるお七の罪状である。

 事件は伝説に彩られ事実特定は難しいが、
“吉三”は火炙りになったお七の成仏を願って
目黒不動と浅草観音に一万日の願を掛けた。
その寺が現在目黒雅叙園のある明王院。
明治期に明王院が大圓寺に吸収されたので、
大圓寺にその碑が建ち、大火に縁深い寺となっている。


 お七吉三は、江戸人の心に生き続け、
歌舞伎の中で様々に姿を変え、活躍した。
狂言作者たちは手を替え品を替え知恵を絞ったが、
吉三が三人登場する黙阿弥『三人吉三』は出色。

行人坂を登りきると目黒駅。
嘗てはこの辺りの茶屋から富士が美しかったと云う。


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『ひとごろし』

『ひとごろし』は、山本周五郎晩年の短編。
『おたふく物語』のような“市井物”、『樅の木は残った』のような“歴史物”の他に、
山本周五郎には“滑稽物”と呼ばれる系譜もある。 
『ひとごろし』は、死の二年前の作品、その“滑稽物”の悼尾を飾る。


 何度目かの“周五郎ブーム”に沸く中、
作者はこの作品の末尾に<TV・映画化謝絶>と記したが、
誠に魅力的な作品、
松田優作主演の『ひとごろし』、
コント55号による『初笑い びっくり武士道』と、
二本の名画を生んでいる。


 今月末の前進座劇場ありがとう企画では、
“コロスと芝居による笑劇”という形で立体化される。
『さぶ』などを手掛けた十島英明の手で
二人芝居の立体朗読劇が生まれたのは丁度十年前、
三人芝居に再構成されてエジンバラ演劇祭で好評を博したのがその翌年、
四人構成でボストンに招かれたのは更にその翌年、
強者の論理に蹂躙されないストーリーは各地で共感を得、
二年後にはオックスフォード他英国三か所で上演された。


今回は六年振り。
新たに構成が改められて、五名の役者が出演する。
前進座の役者で上演されるのは初めて。
一回きりの上演だが、
登場人物たちの他に語り、効果音と、
忙しいされど楽しい舞台に成りそう。



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