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一役者の気ままな雑記。 何処へ転がりまするやら。

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櫻守

 劇団から駅に戻る路に桜の大樹が忽然と現れた。
そう云えば、昨年か一昨年の今ごろにもここで桜を見た。が、青葉や冬枯れの木立は記憶にない。
花の季節に何処かから運んで植えていく奇特な職人がいるわけもないが、そう疑いたくなる程
他の季節の姿の見覚えがない。
櫻

 列島全体が同じ花に覆われるとは、希有な不思議な国のような気がする。
だから均一を望み右向け右をしてしまうのだと、穿った事を言いたくもなるが。
 このブログは、七年前の今ごろ『花咲か』という児童文学の話で始まった。
 今年はこれまたひょんな切っ掛けから、何となく心惹かれながら機会のなかった
『櫻守』という本を手に取った。
『花咲か』は、江戸末期にソメイヨシノが生まれる話だが、
『櫻守』は第二次大戦を挟んで高度成長への時代に、山桜を守る人びとを描く。こちらの人々は山桜こそ本当の桜、クローンの染井吉野は紛い物という位の位置に立っている。
 四月に入った日に読み終えたが、現金なもので、その後咲き揃った染井吉野の並木が禍々しいものに見えたりした。

 主人公、北弥吉は、48歳でその櫻守の人生を終えるが、無償で守り続けた桜の下に埋まりたいと遺言する。そこは義経逃避行の最初の関所・愛発(あらち)に程近い村。本来、村の者しか入ることのできない共同墓地だが、住職も村人も即座に承知した。
 師にあたる民間桜学者は、これは桜の縁であり、弥吉の徳のなしたことだと云う。
人が死んで一つだけ残すものは徳、人が死んで、その瞬間から徳が生きはじめる、と。
 
 何故、人は桜に惹かれるのだろう。登場人物たちも時にそこに立ち止まる。
作中の桜は淋しい人間への愛しさを優しく覆う。
 東京にも染井吉野でない桜が彼方此方にある。来春はそんな桜を気にしてみようか。

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