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一役者の気ままな雑記。 何処へ転がりまするやら。

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閏三月

 今年は旧暦でも閏年。 
新暦4月20日に旧三月が終わって、翌日からひと月は閏三月である。 

明治5年12月3日を以って翌年元旦という暦法切替を断行した明治政府だが、これを以ってグレゴリオ暦
採用というには実は語弊がある。
 四年に一日の閏日という制度は導入したものの、百年間で閏日は24日、という付則を見落としていたらしい。四で割り切れる年を閏年とするが、その中100で割り切れる年だけは閏年にしない(但し400の倍数の年は閏年)というのが、暦の誤差を解消するためのグレゴリオ暦の取り決めであった。
 後で気づいた明治政府は、該当年に近くなって慌てて通達したと聞いたように思う。

 二月ばかりが、随分寸足らずな事に子供の頃も違和感を持ったが、突き詰めた事がなかった。
大の月を減らして、平年二月は30日までで閏年は大の月になるという方法もあったろうと思うが、それでは却って紛らわしいと云うことだろうか。平年でも閏でも別枠にするという発想と考えれば、辻褄が合う。
閏年でも小の月に満たないギリギリの日数で第二月は設定されている。
ちなみに共和制以前のローマでは三月が年の初めだった為に二月の日数を調整することになったと云う。


 2月29日生まれの80歳が、成人式のゲストに招かれたという微笑ましい記事があったが、年齢を重ねるのは誕生日前日の午後12時(24時)と法定されているので、閏日に生まれた人は2月28日24時に無論毎年歳をとる。
 親の命日が判らない、自分の誕生日が判らない、と旧暦での日付の問い合わせが、昭和初年になっても絶えなかったという。新暦施行から半世紀を越えても旧暦で生活している人たちは多かったらしい。
旧暦の閏月は四年に一度どころか、同じ閏三月が来るのは何時の事やらわからない。年齢は皆一緒に元日に重ねたのだからいいが、命日などは平年の三月同日に振り替えていたのだろうか。
 
 この閏があって13ヶ月というのが、月給制を敷いたばかりの貧乏新政府を拙速改暦に走らせたのだが、
江戸の人たちは閏年に何らかの感慨を持ったのだろうか。今年はたっぷり稼げるとか余計働かなきゃいけないとか、または次の歳をとるのが遅くなるとかなんとか。狂歌や川柳を紐解けば、何か出てきそうではある。

 ともあれ、本日閏日、『毛抜』は岡山で旅初日を開けた。


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名古屋の十八番

『毛抜』の鬘群

 中日劇場は、名古屋の中心、栄町。テレビ塔に程近い中日ビルの九階(舞台は八階)。
名古屋三大劇場の一つである。
 前進座と同じく五月が誕生月、座より35年若いことになる。
中日劇場開場四年目に初出演してから、今回でちょうど40回目の御縁。
 宝塚公演とミュージカル『ハムレット』の間を縫って、歌舞伎十八番の公演という処からもこの劇場の多様性が覗く。
搬入口からの栄ビル街

 明日の公演を控えて、朝九時から搬入。ビルの八階へは駐車場側にあるリフトによる。
搬入口からの見晴らしの良さは、日本一かもしれない。

 搬入と楽屋設営が一段落すると、腹拵え。このビルの地下にある味噌煮込みうどんの店に行ったり、中華屋に行ったり、それぞれ馴染みの店がある。
私は、この栄町にある“味噌カツ丼発祥”を名乗る店に行くのが、ここ十年ほどの習慣。
この店は中日劇場より十七年先輩。
味噌カツ丼発祥の地

久し振りに暖簾をくぐると、背の高い創業者の姿は、カウンターの中になかった。


混み合う時間を外して行ったから待たずにカウンターに座る。
味噌海老丼や味噌牡蠣丼などメニューが増えていたが、オーソドックスに単品の並丼。
五六人控えているウェイター・ウェイトレスは、手が空いたところらしく、外国語の会話が飛び交う。

 
 夕刻から、場当りと稽古。明日は初日。

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アク代官

 鍋奉行と云う言葉は、かなりの歴史を重ねて市民権を得ているが、
アク代官なる“役職”もあることを最近知った。
鍋料理の際、発生するアクを(過度に)取り除くことに熱中する向きを指す。
鍋

 現在の野菜は昔と違ってアク抜きの必要がなくなった、
とは折に触れて聞くが、そのアクとは何なのか、以前から疑問だった。
鍋物では酸化した油であるという説もあるが、そればかりではないらしい。ミネラルとアクは一体になっていたりする。

 
アクとは、科学的な用語ではなく、苦み、えぐみ、渋みなどの総称。この中には必須栄養素も含まれていたりもする。腐りかけが美味いとか、河豚も舌に一寸ピリッと来るのが絶品ともいう。

 植物や果実のアクは、虫や鳥に食べられるのを防ぐための毒であるともいう。皮のすぐ下に一番栄養素があるから皮ごと食べた方が良いとよく言うが、それは毒であると云う説もあるらしい。
毒とは何か?それも難しい問題。「毒を以て毒を制す」ともあり、毒と薬は紙一重。幼い頃に毒を感じて拒否反応を起こした“苦味”は、長じてみれば美味の一つだったりする。毒喰らわば皿まで、というのも一つの生き方かもしれない。

野菜にも人にも、アクが減っているようだ。役者が小粒になったとはよく言われる。

鍋奉行より強引なのを鍋将軍というそうだ。どうも歴代幕府の将軍というより、隣国の将軍さまのイメージ。マチ奉行、マチ娘というのは、奉行や将軍、代官らに下駄を預けて、ひたすら出来あがりを待つ。人畜無害、これが得策なのかもれないが、少しはアクのある方が人生も面白いように思える。
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あと三月


 スカイ・ツリー開業まで丁度三カ月。
スカイ・ツリー開業のニュースを聞く度に感慨を禁じえないのは、
奇しくもその日劇団が81度目の誕生日を迎えるから。
新旧の塔

5月22日という日は、前進座創立記念日。
飛行館・鳩の間というところに三十余名が集まった創立総会から
前進座の飛翔は始まっている。
創立の五月には、国立大劇場での記念公演が定例となっているが、
今年はその千穐楽が創立記念日。

 昨年の五月公演を皮切りに、
この一年間、創立80周年記念公演で全国を廻らせて頂いた。
二月大阪に続いて、名古屋中日劇場、
そのまま三月末まで中四国九州北陸と巡る
『毛抜』『水沢の一夜』がその掉尾を飾る。

 
 未だ発売していないのから当然だが、三か月後の国立劇場公演はスカイ・ツリーと違って
まだ売り切れてはいない。

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夫婦善哉

 “夫婦善哉”と云う言葉に初めて出会ったのは、おもろい夫婦を招いたトーク番組。
 夫婦が出て来るのだから“めおと”は判るが、何故ゼンザイか不思議だった。
ヨキカナと読めるからか、食べる善哉とは関係ないのか。

 同名の小説やその映画化、実在の店舗があることを知ったのはずっと後。
件のトーク番組は、映画『夫婦善哉』の封切りの歳にラジオ版が始まっている。
夫婦善哉

 旧・中座のすぐ裏が法善寺横丁。
浄土宗・天龍山法善寺の露店から発展したと云う石畳の通りの一本向こうに、水掛不動で有名な法善寺があり、その門前が“夫婦善哉”。明治創業時の店名は“お福”だが、お得感を出す為に一人前を二つの椀に盛った様が夫婦善哉と呼ばれ、やがて店名にとってかわった。

 織田作之助の出世作『夫婦善哉』正編は、1940(昭和15)年に出版されている。
 15年後の映画版は、名作邦画の殆どを此処でみた広島映像ライブラリーで観た。同じ主役でのオリジナル続編の他に、藤山寛美主演でもリ・メイクされている。
前出のトーク番組の司会者の主演での映画『蝶々雄二の夫婦善哉』もあるが、これは善哉屋夫婦を主人公にした別の物語。ラジオ版開始十年、TV版二年と云うトーク番組人気に乗っての映画化と思われるが、依田義賢・脚本、マキノ雅弘・監督という錚々たる顔触れ。
 
 織田作ゆかりのレストラン自由軒には、最初の大阪公演の際に足を運んだが、夫婦善哉には何故か入ったことがなかった。中座では、オダサク原作の『蛍』も上演したのだが。

 55年の映画『夫婦善哉』の主演女優の訃報が入った。
大学時代の知人二人が観覧のあと、さて何処の喫茶店に行こうかと考えていたところだったので、この店を提案してみた。
 五年ほど前にビルになって聊か趣は変わったようだが、店内壁面には所縁の記事や色紙が上品に並ぶ。
立ち際に振り替えると、坐っていたすぐ後ろに、主演男女優の色紙が上下に並んでいた。
「おばはん、頼んまっせ」と云う声を残して、映画の二人はこの水掛不動の雑踏の中に睦まじく去っていったのだった。


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未完の訪問

 毎年のように中座に来ていた頃、興味深い店を見付けて来年はあの店に行ってみよう、などと思っていた。
年に一店、一寸贅沢。獣肉屋、野鳥の店、関西風蒲焼、ハリハリ鍋、鱧…珍しくて敷居の高い店には事欠かなかった。
 数年振りに訪れた文楽劇場公演。清水の舞台から飛び降りて穴子尽くしと勇んで行ったら店が見つからない。人気の穴子

今回来てからでも二三度前を通っているのに。小一時間もグルグル歩いて、閉店した店をやっと見つけた。
 近所のビルに移転して丁度一週間後に開店。その日には疾うに公演を終えて帰京している。さてこのお店に行けるのは何時の事やら。チャンスの神様には後ろ髪がないとか…。


 動物園廻りにも、似たようなことが多々ある。
高松にあるレオマ・ワールドの動物園に行けば四国の動物園は完了と思っていたら、いつの間にかこのテーマパークの動物園部門は閉鎖されて、自動的に四国は数年前に制覇済み。
 神奈川も小田原の動物園が廃園になっていたので、制覇したことになってしまった。

北海道、東北、中国、九州は廻りきっているし、中部も特化動物園を除けば、一通り行ったことになろう。ちなみに対象動物園は、大型動物や猛獣などの居るもの。サファリパークと家畜ペットのみの処は対象外、というのが一応の基準。
制覇を目指して始めたわけではないが、数廻っていると全て観たくなるのが人情。
動物園事情に、展示のあり方に、それぞれの動物の個性に、訪問を重ねると見る眼が出来て来る。 
関東、長野にはまだまだ行けていない動物園がある。
夕陽に立つ市川のウータン

オランウータンの居る園では、宇都宮と長野の茶臼山の二園が未訪問。
鹿児島の長崎鼻は行ってみたら老齢化で非公開だったし、群馬サファリはイベントの際にインドネシアから招くだけの存在だった。但し、二度訪問を試みた釧路市動物園の仔猿にはまだ会えていない。
目標があるうちが華。
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毛抜TWEEZER

 巨大な毛抜が登場する『毛抜』は、洒落た芝居。

歌舞伎十八番を制定した七代團十郎が演じて以来60年ほど絶えていたが、
二代左團次はそれらの上演とは決別して、
二代目團十郎時代の脚本を元に一から作りあげた。

左團次のブレーンでもあった小山内薫は、その復活上演にあたって
「毛抜は喜劇だ」という一文を呈している。

 元々用件を伝える為に来た使者が、
「使いの用事を聞かせて下さい」と聞かれて初めてその内容を語ると云う
形式主義が実際に横行していた時代-現代もそれに類することは多々ある-には、
「御尋ねなくとも申さねばならぬ使者の役目」と云う台詞も
今聞く以上に皮肉で洒落のめしていたことだろう。
 
 今時の殿方が毛抜を使用するのはトゲが刺さった時くらいかもしれないが、
当主への面会を待つ粂寺弾正が暇潰しに剃り残しの髭を抜く風俗は、
元禄には日常を写したものだったろう。
 一方、姫御前では、眉毛を整えるのに馴染み深い道具となる。
尤も化粧品メーカーからは“ツィザー”として売られているから、世のご婦人がたは毛抜だとは思っておられぬかもしれない。

TWEEZEWは、ピンセットや毛抜を差す英語。ちなみにピンセットはオランダ語。幕末には鑷子(せっし)と訳された。“鑷”は毛抜だから、ピンセットと毛抜とは親しく入り混じっていることになる。
 『唐茄子屋』に替わって、名古屋・中日劇場からの併演演目になる『水沢の一夜』は、私の初舞台の芝居だが、高野長英が緊急手術をする場面では、手術用具の受け渡しで「鑷子!」と云う言葉が飛び交っていた。

 毛抜と呼ばれるものは、まだまだある。
 江戸の“けぬき”寿司は、寿司種の小骨を毛抜(骨抜き)で抜いていたことからの命名、
神社の鳥居前にある旗立てを毛抜と呼ぶのは、二つに分かれた形状からと思われる。
カラー印刷の境目やら、相場変動の軌跡やらも、その仕様や形状から、毛抜と呼ばれ、
刀剣には毛抜彫りなどと云うものもある。

 滅びかけた道具かと見えた毛抜、意外にも現代に生き続けているようだ。


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中座のあと

 ようやく、道頓堀を歩く。嘗ては道頓堀五座と呼ばれた劇場街だが、
今は外れに松竹座があるばかり。
くいだおれ太郎は少し離れた中座跡に引越

中座のあった頃とは、随分と様変わり、広域の工事も二つ並行していて、
づぼらやと今井の柳を目印に辛うじて中座の位置を確認できる。
 どうしても、かに道楽やづぼらや、たよしと云った昔ながらの痕跡にほっとしながら歩くことになる。
かに道楽の大蟹も節電協力中、づぼらやの歌も鳴りをひそめて、良く言えばスマートな道頓堀。

一時、再就職先を取り沙汰されていた人形は、いつの間にか元の鞘におさまっていた。
くいだおれ太郎は、もう還暦を二つほど越した筈。
 多左衛門橋立ち退きで騒ぎになったたこ焼き屋は、元地のすぐ向かいで営業中。
かに道楽節電中

 50周年を迎えたと云うかに道楽本店を右に曲がると、戎橋が道頓堀川に架る。
ひっかけ橋と呼ばれた頃とは趣が変わり、リバーウォークの出来た川の景色も一変、今はプール化構想も出ている。川面に映る赤い灯青い灯も様変わりしたが、高名なグリコの看板だけは、孤塁を守っている。
マーブルチョコレートでつくった指輪はギネス認定のヴァレンタインチョコ

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黒門の向かい

国立文楽劇場幟

 前進座は関西で育てられた、と初代たちはよく言っていました。

創立二年後の道頓堀・浪花座を皮切りに数々の劇場で公演、
99年閉館まで9月の中座はお馴染みでした。

 大阪日本橋の国立文楽劇場での公演ももう15回目。

『歌舞伎十八番のうち 毛抜』
『創立八十周年記念口上』
『唐茄子屋』
の三本建て
無事初日を開けました。
80周年記念
 小屋の斜向かいは、いつもお世話になる黒門市場。
今回はホテル暮らし、本格調理は出来ないけれど、
ぶらぶら歩くだけで楽しくなります。
黒門市場

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