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一役者の気ままな雑記。 何処へ転がりまするやら。

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千里の道も…  熊野古道Ⅰ

 昨年、石見銀山の銀の道などを歩いてみて、懸案の熊野散策を始めなければと思った。
世界遺産に当たるのは和歌山・奈良県内だけだが、更に三重・大阪に及ぶ755kmの“熊野古道”がある。
“蟻の熊野詣”といわれた程の行列が出来たという熊野参詣の道。

 伏見からの三十石舟が着く八軒屋の船着場が大阪市内の起点。現在では京阪電車の天満橋駅の真向かいになる。
 30日間の大阪文楽劇場公演の中日は、唯一の休館日。半日寝るという向きも解るが、矢張りもったいない。
 何時もの時間に出て天満橋に向かう。ここは大阪城からも遠くはない。

 天下の名城に上るのは、EXPO70以来かもしれない。
鉄筋コンクリートの天守閣は、昭和初年に市民募金で復興されたもの。
        建築中

太閤が建てた城は、徳川幕府の終末期にも一役買っているが、築城以来の歴史はこの天守各層の展示室に詳しい。
大阪城の前身は、石山本願寺だから上演中の『法然と親鸞』とも縁なしとしない。
    梅を啄ばむメジロ
≪城内の梅園は花盛り≫

 お城見物に思ったより手間取って、熊野古道に掛かったのは昼前。
昆布屋の店頭が八軒家の船着場跡。
道路を隔てた天満橋駅と現在の船着場はのちに埋め立てられた土地ということか。
      大阪府知事


 割と新しい道標が導く熊野古道は、上り坂から始まった。
好きところに小さな角柱の標が立って、起点からの距離も示してくれる。
無論“古道”のままとは行かないのだろうが、この標を見落とすと道を外れる。
 
 大欅の袂に建つ直木三十五の文学碑に惹かれて進路をとったらその手前から“熊野古道”を外れていた。
一旦戻って軌道修正。道は捗らないが、またとない機会だから、それでも見ものがあれば道を外れて行ってみる。
近松門左衛門の墓や落語ゆかりの地も古道のそばにあった。
 四天王寺は、熊野詣の中継地点。境内を通過、建替え間近の阿倍野近鉄デパートの前を過ぎて大通りを行く。
脇道への分岐を見落として大通りを歩いてしまったので道を失った。
大通りから南の古道を探し、ようやく万代池にぶつかる。
万代池のほとりで起点から8.5km

仁徳天皇遼辺りまでは行けるかと思っていたが、
午前中を大阪城に費やしたので、池のほとりに建つ8.5kmの道標が一日目の到達点。
続きを開始するには便の悪い地点だが、切が良くない方が続けられる、
という説もあるから良しとする。変則ながら、暮れかかる中を間違えた地点まで“古道”を辿る。

 この先十年、二十年のスパンと思ってはいたが、達成は1%弱、先は長い。
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