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一役者の気ままな雑記。 何処へ転がりまするやら。

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平和の年齢

 劇団での稽古と会議との間が六時間も空いた一日、得たりと井の頭公園まで足を伸ばした。20年も目と鼻の先の前進座に通いながら、枯葉散る自然文化園に足を踏み入れるのは初めてだった。
 井の頭公園内にあるのが、分園1934年の開園だから、座が吉祥寺に本拠を構える三年前。七井の池を取り込んで、水鳥たちを中心に展示している。 
 神田上水の水源、三代家光に“井”の頭と賞され、質と量を保った湧水も今は減少し池も濁ってしまった。分園の水生生物館に展示されるカラス貝は、20年前に採取されたものだが、掌ほどの大きさ。 

 吉祥寺通りを挟んだ本園は’42年開園。屋内外に北村西望の作品が並ぶ彫刻園、  
リスの森構想の過程である“リスの小径”は、巨大檻の中でリスと交流できる。大牟田、とくしまには、リスザルと交流できる檻があり、バードケージはもっと一般的だが、リスは意外に珍しい。構想の最終段階は屋外に栗鼠が跳梁する世界。
福岡をセンターとしているツシマヤマネコの繁殖はここでも取組まれている。業務に関わらない個体は公開されていた(現在は公開中止)。 
                   箒で耳かき 

本園の右奥には、一度見ておきたかったはな子。
元気なうちに一度見たいと思っていたが、象の寿命は70年位ともいわれる。とすれば昨年還暦を迎えて彼女はまだまだ。戦後四年、推定二歳でタイから贈られたのが彼女。 
その60年は、曲りなりに保たれて来たこの国の平和の年齢でもある。
           現在の足跡と来日した頃のはな子
来日したときの名はタイ語で“仔象”という意味だったそうで、戦争の犠牲になった花子を偲んだ名が改めてつけられた。移動動物園での活躍を経て吉祥寺に落ち着いた。
 象に四本ある歯は20年前に三本抜けて、今は一本。食餌はペースト団子のようなものを貰っている。衰えたとはいえ、鼻で熊手を扱う姿は堂々たる物。                                 もういらない。十数個の団子を食べて二つ分ほど残しました。



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