unputenpu

一役者の気ままな雑記。 何処へ転がりまするやら。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このページのトップへ

いかなる天魔鬼神も

 梅雨入りは何処へやら洗濯日和が続く。戸外で荷物を積み降ろしする巡演生活には願ったりだが、農家や水瓶の為には喜んでばかりもいられない。

 歌舞伎十八番『毛抜』と『鳴神』とは、姉妹編。
 日照解消のため天皇の命で雨乞いが企画される。小野小町雨乞いの名歌“ことわりやの短冊”という対症療法と、竜神を封じ込めた元凶の鳴神上人陥落という根本療法の二つが同時に下命される。
 
 ここに恋争いが絡むのが面白い。絶世の美男子、文屋(歌舞伎ではブンヤと読む)豊秀を、錦の前と雲の絶間姫との中、雨乞いに成功した方と結ばせるという勅命である。

 ことわりや 日の本ならば 照りもせめ さりとてはまた あめが下とは

 成程ね“日の本の国・日本”なんだから日が照るのも当たり前、とは言うものの同じ国土を“あめが下”とも言うじゃありませんか、雨が降っても良いんじゃないですか。という歌の力で、雨が降ったというのが小町の短冊。

 「力をもいれずして、天地をうごかし、目に見えぬ鬼神をもあはれとおもわせ・・・・」と歌の力を説くのは、紀貫之の『古今和歌集』仮名序。言霊の力が鬼神をも動かすと信じられた王朝の物語。

 同じ歌舞伎でも江戸市井の世話物にはこの神通力は書き難かろう。「歌詠みは下手こそ良けれ 天地の動き出されて溜まるものかは」と詠んだのは江戸後期の狂歌師・宿屋飯盛。



 が、文明開化の御代に開明家・勝海舟も雨乞いの歌を詠んだ。明治30年頃の事だが、それで雨が降ったと勝は記す。「歌詞などはまずくっても、誠さへあれば、鬼神は感動するよ」今の世には誠が欠けている、と。一筋縄ではいかない曲者という印象強い海舟だが、“赤誠”が何より大事と語っている。尤もそれこそ一筋縄でない所以かもしれない。

 幕末史を紐解く時、どうしても避けて通れない巨人の一人が勝海舟。今年の国立に絡んで、子母澤寛の大長編『勝海舟』を読み始めて仕舞い後悔したが、来年の国立は、海舟の父小吉と少年海舟を描く『天保遊侠録』に決まった。

 一筋縄でいかない巨人との付き合いは今年も続きそうだ。



大河ドラマ勝海舟原作

スポンサーサイト
このページのトップへ

シロクマの家

 

ズーラシアの実家にあたる野毛山動物園は、よく公演に伺う横浜県立青少年センターホールから徒歩五分。入場無料の園を身近に持つ横浜市民は幸せである。

 ズーラシアに郊外移転解消と言うのが当初の構想だった模様だが、市民の要望で存続、二月前に5000万人目の入園者を迎えた。 

 ここの住人は110種1000頭匹余という。半世紀近くを生きたコンドルは先日鬼籍に入ったが、22歳の老ライオンは健在。都心の園ながら、放し飼いにされた孔雀が籔から棒に飛出して吃驚させられもする。


 彼方此方の動物園で見られるシロクロエリマキキツネザル(大抵ただエリマキキツネザルと表示されている)も素敵なフォルムだが、野毛山の中央ケージに大家族で生活するアカエリマキキツネザルには目を見張った。一般に見られる白黒と一対の亜種をなすものらしいが、初対面。純粋のアカーはここにしか居ないとの記述もある。少なくもこの二年尋ねた二十数園では会えなかった。
 キツネザルをご存じない方は、緋色と黒のパンダを発見したと想像して頂きたい。


 さて、現在の野毛山は象と北極熊のいない動物園。圏内に四つの動物園を持つ神奈川でここに改めて彼らを迎えることはなさそうだ。
ズーラシアには三頭の象が住む


 野毛山の創立は1951年四月一日。インド象はま子さんの来園は四月十七日だから、創立期からの立役者。同じ日に小田原のインド象も来日しているが、象のいない上野動物園にインディラとはな子が来日したのは二年前の1949年。当時は名古屋東山にしか象は居なかったと伝えられている。
 手塚治虫のアトムがデヴューしたのが1951年四月号の雑誌『少年』。ロボット・アトム誕生の2003年秋、野毛山を支え続けた巨星は大往生を遂げた。その後、象舎は広場となり今は跡形もない。

シロクマの家からモートに臨む


 一方、四頭が過ごし二頭のベビーを送り出した北極熊舎はシロクマの家として残された。四頭の親子熊のレプリカが置かれ、動物飼育の裏側に触れられる。
 モートと呼ばれる堀に隔てられた氷山風の白い空間は定番のものだが、この中を歩き回れるのは全国でもここだけだろう。

主なき家

このページのトップへ

一夜城

 国立大劇場の楽屋にはまだダイヤル式の黒電話が生きている。五月公演千秋楽の前日、この電話が鳴った。『髪結新三』の車力善八の代役を演ってくれという。 


 生身の人間がリアル・タイムで演じる舞台にアクシデントは付き物。
電車の人身事故があれば役者が遅刻してくることもある。ダイヤが正常でも、家で寝坊して電話したらまだ家にいたとか、電車で寝過ごしたとか、開演時間を勘違いしたとか、枚挙に暇ない。それでも無事に幕を開けねばならない。怪我や病気で代役を立てるというのがその最たるもの。永年この商売をしていれば、主役の交代にも何度も立会った。他人の降板は、別の役者のチャンスである事もある。

 昼の部で倒れた役者の代わりを、数時間後の夜の部で勤めた先輩もいるが、私の最短記録は、開演の一時間半前に言われて、その芝居の幕切れだったからほぼ四時間。京都南座での前進座忠臣蔵『おれの足音』原惣右衛門役だった。

 狂言舞踊『素襖落』の鈍太郎を替わった時は、前日の搬出を終えた夜十時過ぎの夕食会場に電話が入ったから、二十時間前。姫御料が盲腸を患って、同期の嵐広也くんが替わり、後見の私がその後を襲うことになった。それぞれ旅館の片隅で遅くまで自習した。

 今回は、二日間の稽古と劇場での居処当たり一日、国立千秋楽の四日後が舞台稽古だったが、仕込日を一日置いて横浜の初日は申し渡しから丁度一週間目。あると言えば、時間はある。

 無論それは後になって思うこと。すっかり周りが出来ている中に初役で入るというのは、代役でなくたって気が気ではない。まして読み合わせもなくいきなり立ち稽古。取敢えず、この間(ま)で喋って、ここで動いてと、外側から役に入って行くことになる。

 土台はさて置き、外壁を立てて屋根を乗っけたようなもの。耐震偽装の建築よろしく、此の侭ではチョイと揺れたら崩れ落ちてしまう。舞台に立てば、予期せぬ出来事は大小限りなく降り注ぐ。一寸やそっとの動揺では崩れない役にするには補強工事が不可欠となる。

 22回の舞台の三分の一があっという間に済んでしまったが、代役でも本役でも、更の自分が日々発見していくしか方法はない。
このページのトップへ

ヤマアラシのジレンマ


 ヤマアラシの針に触れて飼育員の説明を聞ける
との園内放送が先刻あったが、順路どおりに歩いていたら少し遅れてオカピのお向かいのヤマアラシ宅に着いた。

硝子瓶に、白黒斑の針が十本足らず入っている。体毛が硬化したもので、抜け毛のように時々生え替る。針の根元は、毛根を拡大したように丸い。


針の主、二頭のヤマアラシは差入れられた木の枝を齧るのに余念がない。ヤマアラシは齧歯目、つまり鼠の仲間。同じ針仲間でも、ハリネズミはモグラ目で、ハリモグラはカモノハシ目だからややこしい。

一頭の両眼が白濁している。もう一頭の針で目を突いてしまったのだという。驚いた。ヤマアラシのジレンマは嘘ではなかったのだ。
二頭のヤマアラシが寒空に抱き合って暖をとりたいが、互いの針が邪魔になる、というのがヤマアラシのジレンマ。ショーペンハウエル由来のこの寓話を、フロイトは適切な距離感を発見していく人間関係の問題として捉えた。
ここにしか居ない


よこはま動物園ズーラシアには、70種400頭匹が住む。1999年4月の開園後も着々と敷地を広げつつあり、全面開園すれば日本最大の動物園となる予定。先だって入園者1000万人を突破した。三大珍獣に数えられるオカピを逸早く迎え、アカカワイノシシはここでしか見られない。バリ島の希少ムクドリ、カンムリシロムクなどの血統管理をも担当している。

 今や何処の動物園もノアの箱舟の役割を背負っているが、当園には横浜市繁殖センターが設けられ、希少動物の保護研究にことさら力を入れる。ここにも居るコウノトリをはじめ、絶滅から野生復帰に動物園が働いた例も増えている。


 とは言え、動物園で野生の寿命を超えて長生きする住人達も居る代わりに、ストレスに悩まされる者たちも居る。

人が動物、自然と傷付け合わない適切な距離はまだ見付からない。
失明したわけではなく、目薬の点眼で快方に向かっていると言う。

このページのトップへ

Search

Information

JAMIRA

Calendar

05月 « 2007年06月 » 07月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Categories

Links

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。