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一役者の気ままな雑記。 何処へ転がりまするやら。

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複眼凝視



 キャリー・ケースと呼ばれる鞄がある。空港辺りで見掛ける、曳き車の謂いである。

 私のような性急には、牛でも轢いて行くような悠々とした一団に前を阻まれるのはストレスそのものだが、ストレスくらいではすまないこともある。
 先日、ある演出家が顔の彼方此方に肌色のテープを張って劇場に現われた。

 演劇人には年齢不詳の方が多いが、世間一般では老人に分類される年配に差し掛かった演出家は、駅でこの鞄に引っ掛けられたのであった。
 そこまで行かないまでも、角を曲がる際には後ろに従えた凶器が自分の何倍の弧を描いて振り回されるか、轢き手は想像したことがあるのだろうか。
 全体何故後ろに眼がないのだろう。

 高等生物の目は二つ。逃げるものから襲うものに食物連鎖のステイタスが上がるに従って視野は狭くなって行く。もし進化というものが優れたものになることだとしたら、後ろに眼が出来なかったのは何故だろうか。


 高校二年秋の朝礼で、校長が映画監督浦山桐郎氏の言葉を紹介した。
前の週にあった文化祭の講演会講師が、ご母堂の里であるこの地に学生時代を過ごした監督だった。

 文化委員長の求めに応じて、氏が色紙に記した言葉は、
「複眼凝視(ふくがんぎょうし)」。


『キューポラのある街』の名監督は、『青春の門・自立篇』を終え、生涯唯一のアニメーション作品『龍の子太郎』にとりかかっていた筈。

 太郎を身籠った母は、食糧危機の中、三匹のイワナを一人で食べたため竜の姿となり、やがて生まれた太郎には乳の代りに自分の両眼を与える。様々な人、獣、物の怪に出会う旅の末に龍体の母に巡り会った太郎は、見えない母の眼となって誘導し、湖の堰を切って豊かな田園を作り出す。堰を破った母は、人の姿と両眼とを取り戻す。


「複眼凝視」第三第四の眼は、他者の角度から観られる眼ということだったのか。
 後に眼がないことを識っていた人間は、つまりは後に眼を持っていた。それを忘れた時から人間の退化が始まっているのではなかろうか。


私が出会った龍の子太郎・生誕半世紀近く数え切れない人々の想いが彼に託されているのでしょう

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恋の季節

 
 何やら懐かしい感じのするドグエラヒヒの夫婦は、広島の安佐動物園から来たのだという。孤独とも慈愛ともみえる眼は、どんな人間にも見たことがない深い色をたたえている。ここ徳島の動物園は四国最大の敷地面積。80種500頭匹羽。 

 移転した地は愛媛のとべと同じく市街から自転車で三十分。シンボルマークのアンデスコンドルは、市立動物園開園時推定十歳だったから、旧園で知命を迎え本年還暦。

 
 先ず現われる半球体のフライング・ケージでは、鳥たちが間近に迫る。同じキジ科のギンケイなどと共に一続きの檻に収まっていることの多いキンケイが求愛行動の最中。孔雀の尾羽とは事変わり、縞柄の羽毛を顔中全開にするのが彼のディスプレイとは初めて知った。
キンケイ求愛・とくしま不首尾・とくしま

 ワオキツネザルたちは既にその季節を終え、恋争いに傷ついたウノ君も穏やかに傷を癒す。
ウノ・とくしま

 
 桜満開の刻、ブリーディング・ローン(繁殖の為動物を貸し借りする制度)に力を入れる当園でも様々なドラマが展開している。



 温帯プロムナードのとっつき、冬毛の狸夫婦はコロコロと愛らしい。ここは狸の国。何もレッサーパンダばかりを特別扱いするにあたらない。レッサーを挟んで三軒目のハナグマ・トリオも素敵なパフォーマー。
朝の身だしなみ・とくしま


 別の日別の刻限に訪ねれば、今日は隅っこに居た個体が目を見張らせることだろう。
 久々の動物園めぐり、香川はまたの機会に譲って四国篇これにて打ち止め。



面魂・とくしま

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九曜星のビア・ジョッキ



 「君は一体どこの産だ」
 「おれは江戸っ子だ」
 「うん江戸っ子か、道理で負け惜しみが強いと思つた」
 「君はどこだ」
 「僕は会津だ」
 「会津っぽか、強情な訳だ。今日の送別会へ行くのかい」
(坊っちゃん 9)

 強情と負け惜しみとを貫いて松山を去る坊っちゃんと山嵐とが幕末の佐幕派の流れであり、赤シャツたち明治の立身出世主義の醜さに対する“清”(坊っちゃんを育てた女中の名に通ずる)を象徴すると喝破したのは平岡敏夫氏。


 市川森一氏の連続ドラマ『新・坊っちゃん』では、生卵による赤シャツ襲撃が、痛快さを欠く如何にも負け惜しみとして描かれた。そのエピローグ、マドンナに子供を抱かせて新時代の勝利者たる赤シャツのその後に対し、山嵐は赤子を背負いながら黒板の図形に激しく補助線を引き、坊っちゃんはと言えば日露の戦場に倒れていた。


 日本一のユーモア小説とも、噴飯モノの幼稚な正に坊っちゃん主人公が日本人像を損ねているとも、評価は様々だが、新しい酒を酌みうる古い革袋として、まだまだ『坊っちゃん』の魅力は尽きないようだ。


 マキノノゾミの傑作『赤シャツ』(青年座)は、原作の書かれたころに存在した松山捕虜収容所を登場させた。
 日露戦争の敗兵収容のために日本で初めて築かれたこの収容所は、第一次大戦後、丸亀、徳島のものと共に、板東の地に移転解消した。

ベートーベンとドイツ舘


 本邦第九初演の地とされる板東俘虜収容所は、NHKの朝ドラ『なっちゃんの写真館』の冒頭に登場し、第二次大戦を挟む時代を生きる主人公の根っことして印象深い。

 1962年からこの収容所再発見が始まった。元俘虜たちは素晴らしく人道的だったと回顧する。
 戦陣訓は、生きて虜囚の辱めを受けずと記し、第二次大戦の兵達は捕虜に対する国際法の存在すら知らなかったとされる。教育は、あっという間にそんな道徳を刷り込むことが可能なのか。
 

 収容所を記念するドイツ舘には、陶器のジョッキが展示されている。俘虜たちが収容所長の紋・九曜星を入れて贈った物。
 所長は、会津の人松江豊寿。戊辰の敗者を父に持つ彼は、敗者を冷遇してはならないという信念を抱いていたようだ。

板東俘虜収容所正門跡に建つレプリカ

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