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一役者の気ままな雑記。 何処へ転がりまするやら。

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十郎、五郎は曽我のこと・・・

 静岡に来てから、商店街で春節フェアという看板をよく見かける。横浜中華街から飛び火してきたのか、はたまた別の発想か。
 “春節”は、中国の旧正月を指すが、日本の旧暦元旦も同じく、今年は一月二十九日。

 「ほんに今夜は節分か」(河竹黙阿弥『三人吉三廓初買』お嬢吉三のツラネ)といわれると、新暦の感覚では二月の話と思ってしまうが、この名台詞のある大川端で三人の吉三が義兄弟の契りを結んだのは正月二日。年内立春の和歌があるように、旧暦の正月は立春節分の前後。ここから春が始まる。


 江戸時代初春狂言には“曽我”のストーリーが組み込まれるのが決まりだった。曽我兄弟とは何のゆかりもない盗賊三人組を描いたこの芝居でも、リーダー和尚吉三が見た夢の中で“小林朝比奈”という曽我ゆかりの人物となって地獄で大暴れをするという一幕が書き込まれている。

 十八年も想い続けて、二十歳前後で父の仇を討ち、そのまま命を終えた兄弟。
 隠忍、努力、孝行といった“道徳”に恰好の題材だから、戦前には教科書にも載っていたという。全国に碑があるらしいし、『対面』や十八番もの、舞踊『雨の五郎』など曽我狂言は今でも上演される。が、その割に現代人に馴染みがない。

 身延線富士宮から南に三駅、入山瀬駅に程近く菩提寺曽我寺(尤も兄弟の墓はここだけではない)、曽我神社などがある。富士宮まで来た機会にこの駅に降りてみた。
 富士市は大磯の虎(曽我十郎の恋人)の腰掛石までを“曽我兄弟コース”として紹介しているが、駅から五、六分の曽我寺を身延線の駅員は知らなかった。
改修中だった曽我寺

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