unputenpu

一役者の気ままな雑記。 何処へ転がりまするやら。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このページのトップへ

『職人衆昔ばなし』

 春先、昔読んだ『ベロ出しチョンマ』が『佐倉義民伝』の事件によっていることを知った。久しぶりに作者の短編童話を幾つか読み返した。最寄の図書館で見つけた斎藤隆介全集は、意外にも全十二巻の三分の一がノンフィクションで占められている。内三冊が職人衆の聞き書き。
こちらの仕事とは縁なき衆生と思っていたら、歳末、幸田露伴『五重塔』上演にあたってこれが気になりだした。
  '50年代末、『木工界』という雑誌に、筆者が自身に持ち込んだ企画。その後身の雑誌『室内』に掛けて連載した作者は既に『八郎』をものしていた。。正・続、二冊の『職人衆昔ばなし』は、連載された50名分を纏めたもの。取上げられる「職人衆」は、六職と呼ばれる鳶・石屋・左官・畳屋・瓦屋・(もう一つを、大工にするか、それを別格にして建具を入れるかは論が分かれるようだ)を始め、指物、塗師、庭師からペンキ職、等々。
ハードカヴァーから文春文庫になり、大分版を重ねたというが、現在では手に入らない。

 語り部の多くは当時既に晩年に達していたが、「兄弟子とは、無理偏に拳骨と書く」修行時代を過ごした。兄弟子の上に立つ親方は本名の上に「鬼」や「閻魔」と飾りが付く。が、その「鬼」が「家ってものは一人じゃ建たない。みんなの力が集まってこそだ」とか、「ここでこそ小僧だが、家へ帰ればみんな大事なその家の息子だ」とも語る繊細さを持っていたりもする。

日に三回の仕事場の掃除は、「仕事を覚える道」。
 仕事を任せられるようになれば、意地と根性。うっかり屋根の曲り縁を短く切ってしまったら、その材料を持って天井から落ちる。「しまった、折っちまったい」。体の傷より体面が大事というが、身体に刻んだ深い痛みは失敗を繰り返させないだろう。

 今は材料も修行も昔のいいものがない。需要がなければ技術も滅びる。「出来ません」といえないから工夫も苦労もした職人の心がなくなった。様々な発言は、全て四十年余りも前のもの。
 が、昔ばなしは「老いこみ、仕事が縮こまる元」、どんどん新しくなるから「自分の腕も新しくして」「さらに否定して前進」しなくちゃと「明日の話」を語る職人衆も多い。
 

 明治初年に産まれた男たちの一生は、西南戦争あたりに始まって家も仕事も灰にしてしまった「今度の」第二次大戦まで、戦争の中で生まれて年を重ねたようなもの。
 「良い仕事は来なくなる、材料はなくなる、命を削って作った仕事は焼かれちまう-戦争ってのはあたしたち職人にとっちゃかたきだね。」

 戦争という人災とは別に、関東大震災という天災が、誰の話にも登場する。先に引いた「鬼」親方の手掛けた家は、大震災にも一軒も壊れなかったという。

 親方の口癖は、「家は一生のもの。坪十万の普請でも職人の魂をこめて仕上げろ」

スポンサーサイト
このページのトップへ

寒風山



 実家の屋根裏に入ったら、小学校の国語教科書にお目にかかった。
 五年生の教科書に『八郎』が収録されている。その単元の手引きには見慣れない作者名が記されている。巨人八郎が八郎潟を作った話は、斎藤隆介氏の創作だったはずなのだが。

 そのときの国語ノートを見ると、“既に読んだ話だが、八郎によって海に投げ込まれる山の話がないところが違う”という感想が記されている。滝平二郎切り絵の絵本には事実四年生のときに出会っているのだが、見様によっては知ったかぶりめいた態度かもしれない。担任はそれに対し“不合格”と赤ペンを振るっている。

 津波を防ぐため冷たい海に放り込まれて、おらさびぃーおらさびぃーと泣く寒風山は、子供心に印象深かった。八郎は俺も行くからなと山に声を掛けて入水したはず。今見れば、雄渾大らかな『八郎』に欠かせない登場人物?が寒風山。だから寒風山をカットして巨人八郎の自己犠牲譚だけになっている教科書版に違和感を感じたのかもしれない。

 同じ斎藤氏の創作民話に『東・太郎と西・次郎』がある。
 東西に住む二人の巨人はまこと対照的。人の為にしか働けない男と、自分の為にしか動かない男。西の村の東の果て、東の村の西の果て、に聳える山に駆けつけた二人。
 一人は大水の出た村の水を堰き止めるため、一人は日照りの続く村では飲めない冷たい水を飲むために。水の流れが狂ったのは、山の頂で脱皮に苦しむ龍の為。力を合わせて竜の脱皮を助けた二人は山の両側にしりもちをついて腹から笑う。
 
 一の字を書くことに夢中になって鬼となった『一ノ字鬼』も、自分の村可愛さにいがみ合う村人を諭す働きをしたものの、今でも良い一の字を探してさまよっている。弱さやエゴを持った人間臭い奴らが時に花を咲かせ、山をつくる。

作者のエッセイ『八郎の方法』に、改変されて教科書に収録された事も触れられていた。
東京生れの作者がわざわざ秋田弁で書いた『八郎』を共通語に直して教科書に収録したという、私が見落としていたもう一つの大きな改変についても。



四年生の作品。原画を裏返しに張る知恵はまだない。

このページのトップへ

Search

Information

JAMIRA

Calendar

11月 « 2005年12月 » 01月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Categories

Links

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。