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一役者の気ままな雑記。 何処へ転がりまするやら。

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第二食堂焼肉定食280円


 「これかァ・・・」


 子供のころ好き嫌いが多く、学校給食には苦労した。かなりの野菜が食べられなかった。もっとも気付いてみれば親もひとのことを言えたものではない。親父は肉が駄目だから鋤焼がメニューに上がるのは、父が出張のときだけだった。

 大学で自炊を始め、“これはどうやって食べるのだろう”とスーパーで様々な食材に手を伸ばすようになって、偏食は解消して行った。嫌な出会いをしたホヤ以外ならまぁ食べられる。
 何でも試してみたくなった頃、広島紙屋町にあった合同店舗の肉屋のショーウィンドウ右下に味付けラム肉を見つけた。100g60円だったろうか。
 初めて試す食材にわくわくしながら箸を執ると、初対面の味ではない。

 総合科学部(教養部)に一番近い第二食堂の人気メニューが焼肉定食。最高値の鶏足定食より10円安い二番手。これをオーダーするのは、ちょっとした贅沢だった。その正体が焼羊定食であったことに、このとき初めて気がついた。前言う通りの次第で肉の味に通じていなかったのだろう。


 北海道の味がブームだそうだ。スープ・カレーや蛸しゃぶの店を特集しているから道内ローカル局かと思うと東京の番組だったりする。
 コレステロールが低く、脂肪燃焼度が高いとあって羊も持て囃されている。義経ブームとは関係ないようだ。

 ジンギスカンの命名者は、札幌農学校を出て満鉄就職、のち満州“建国”に大きな役割を果たした人物。羊食のルーツは明治初年の北海道に遡れるが、現在のジンギスカン料理は、満州事変のころに産声を上げ戦後食糧難の中で根付いていったもののようだ。

 この旅中、朝食ヴァイキングの席にあったのが一度、バス移動の休憩地の馬鹿高いレストランの脇にあった手頃なバーベキューハウスで一度。結局ジンギスカンの店には一度も入らず仕舞いで帰京した。
 帰ってみると以前よりは格安に売っている。これまでは偶に見かけても、高すぎると思って手が出なかったのだが、帰った日の夕食が早速焼羊定食となった。

 狂牛病騒ぎの際、軒並み豚に走らずとも羊の方がインパクトがあろうにと思ったが、いまだジンギスカン丼を名乗るファーストフード店が現れないところを見るといろいろと難しいのだろう。本家北海道でも羊の丼や羊バーガーは管見に入らなかった。函館独自のハンバーガーショップ《ラッキー・ピエロ》が十周年記念企画で試販するというが、キャンペーンの始まる前に機上の人となった。

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鹿雑談

 鹿の角は、精力剤として有名。

 春先に落とした角が初夏を迎えて芽吹くように伸びていく生命力に由来するらしいが、実際ニホンジカで日に一センチ位ずつ伸びるという。袋角と呼ばれる皮に覆われ、その中に含まれるホルモンによって伸びていく仕組み。してみると、まんざら非科学的な話でもない。

 そういう袋を歯に被せておいたら二度目の永久歯が生えないかしらと、余り歯の性のよくない私などは想う。



 “角を生やす”とはメスに・・・失礼、女性に対して使う言葉だが、大多数の雌鹿は角を生やさない。一方、角を生やした雄は性格も変わるそうだ。角のない時期の牡鹿は、牝の存在にもびくびくする臆病者だが、角が整うにつれ戦闘的になる。

 鹿の角は配偶者と縄張りとを獲得する為のものだから、闘争心が伴わなければ意味がない。武器を得ると共に心も荒ぶる。



 個体差はあるが役者という動物は、鏡の前で顔をつくっているうちに役に入っていく習性をもつ。稽古場で積み重ねて来たものが、扮装をした途端に、役と自分との間にある淵をポォンと翔ぶ時がある。
少年飛行兵の制服を着込んで特攻隊の芝居の舞台稽古に臨んだ役者が「おれ死ぬような気がしてきた」と言った。ポォーンと翔んだのだ。
 
役者としては大事な感覚だが、下手をすると実生活でも我々はそんな気になってしまいかねない。ミリタリー・ルックを格好いいと思う感性はまだどこかに残っている。


 ちなみに鹿族で牝が角を生やす唯一の種がトナカイ。サンタクロースの橇を引っ張る季節には、オスの角は落ちているので角を生やしているのは雌だけだとか。


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谷地

 《釧路湿原》とはよく耳にする名だが、市街からかくも近いところにあるとは今回まで知らなかった。ここは道内に150ある湿原の一つ、日本最大規模のものだそうな。

 “日本一遅い列車”を謳う季節列車《ノロッコ号》が、夏場の釧路駅から出ている。途中釧路川河畔などの景観スポットで徐行運転をして、塘路駅まで40分余の旅。
景観列車は帰りの楽しみにして、朝九時過ぎの快速《しれとこ》に乗った。15分ほどで釧路湿原駅、ここには湿原と阿寒の山々を見渡せる細岡展望台がある。
 「釧路湿原だって」「TVでしか見たことない」「駅があるんだ」「いつでもいけると思うとなかなか行かないね」
 後ろの席の一団は道内の人と思しいが、別の目的地へ旅行の途中らしい。釧網本線は、屈斜路湖と摩周湖の間を抜けて網走に向かっている。

 釧路駅に戻るタイムテーブルだけは確認したが、向こうでの行動は例によって行き当たりばったり。昨日、駅前のブック亭で購入した500円也の国立公園公式ガイドブックを手にしたばかり。氷河期から数千年を経て生まれたのがこの湿原と記される。

 無手勝流で塘路(とうろ)駅に降立つと、どうやら塘路湖の展望台に行ってくるくらいが手頃のようだ。特別保護区に指定されているコッタロ湿原まで歩いていたら予定の列車にはとても間に合わない。
 ここは四つほどの沼と、塘路湖、シラルトロ湖、二つの“海跡湖”のあるエリア。海が閉じ込められて出来上がった湿原の名残りを留める塘路湖はこの湿原最大の湖だという。
サルルン展望台の真下に見えるのはその塘路湖の何十分の一しかないサルルン沼だが、十二分に圧巻。
湿原の維持にはさまざまのご苦労もあろうに、往復1000円余の電車賃だけでこの眺めが味わえるのは、申し訳ないような気がする。

 開拓時代には、役に立たない土地として“谷地(やち)”と呼ばれた湿原は、2000種の生命を抱え、汚染や温暖化を食い止めるかけがえのない存在となった。が、数十年で失われた湿原面積も大きいと聞く。
 展望台の帰り路、ゴミを拾いながら登っていく黄色いタオルを巻いた一団に行き逢った。月に一度場所を替えて催される“クリーンウォーク”という市民活動だった。
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ラベンダーのかおり

 嘗てNHKの平日夕方枠に少年ドラマシリーズというのがあった。筒井康隆原作『タイム・トラベラー』は、その第一作にして代表作。“ラベンダー”という花があることを知ったのはこのドラマの中。

 北海道をはじめて訪れたのは『さぶ』という芝居の外交だった。2、3都市を回って最終地が岩見沢。道路わきに残る雪の中、外交先の中学校訪問を終えて駅に戻る途中、駅前商店街の中に演劇鑑賞会の看板を見つけ扉を敲いた。

 近松『女殺油地獄』で、岩見沢演劇鑑賞会さんの例会に十年振りに伺った。搬出も終盤、最終チェックを待つ事務局長さんとしばし話に花が咲く。
 鑑賞会発足時からの会員だが芝居を観ずに会費だけ払ってほかの事に熱中していた。その自分に白羽の矢が立って事務局になったのは、人生や生活のことを話せるサロンとしての演鑑事務局でありたいという前任者の想いがあったからだという。以来早や二十年、さまざまな人と出会えた事はかけがえのない財産。会員数が増えて演劇鑑賞会がいい状況になれば言うことはないのだが、と。

 一本の芝居が人生を変える力を持つという例としていつも語っているのが、元統一劇場の女優さんと、前進座の私のことという。
女優さんはもう引退されたそうだが、九州で統一劇場を観て芝居を志したという。『さんしょう太夫』という前進座の芝居に出会って座に入ったことを十五年あまり前に、あの事務局で私は話したのだろうか。
 昔話したこと、以前書いた文章、が、そんなことをすっかり忘れている今の自分に語りかけてくる。はっぱを掛けにくる。時を越えて。

 翌日は釧路へ八時間余りのバス移動。見送りにいらっしゃった事務局長さんから、髪を短くした私が当の本人だとは気付かずにお話になっていたことを聞いた。途中に寄った富田ファームのラベンダーはまだ新緑の季節にあったが、香水売り場の香りと共に時は入座当時へと飛んでいた。
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絵に描いた夢



 今を時めく旭山動物園だが、八年前には廃園の危機にあった。
人気の低落に追い討ちをかけるようにエキノコックスが発生したのである。

 エキノコックスは、狐などの糞から媒介され肝不全などを引き起こす寄生虫。人気者のローランドゴリラがこの病に倒れた。人への感染力はさほど強くないというが、人に染る病気が発生したという噂が広まりシーズン途中の閉園を余儀なくされた。
 予防の第一は手洗い励行。類人猿舎の前の手洗い場に、エキノコックスに注意を促す掲示板が建っている。

 千尋の谷に墜ちる前から蓄えられた夢と試みとが、14枚のスケッチを通して奇跡の飛躍を産んだ。
 
 この一月オープンのオランウータン舎が、夢の実現の最新版。
森の人と呼ばれるオランウータンは樹上で生活するが、従来の飼育では、その生態を見ることは出来なかった。

 新獣舎が完成しての試験入居の模様を、報道番組で偶々目にした。
廃校になった自動車学校を譲り受けて出来上がった屋内獣舎は、ロープを巡らしハンモックを設えた空中の楼閣。観客を隔てる手摺との間に堀があるが、もし彼等がこの堀に下りられたら楽々と柵をも乗り越えられる。
 また、何にでも好奇心を燃やす彼等は、小屋の部品を外せると見るや行動に移る。鋲の類は絶対に外れないと最初に思い込ませなければならない。

 さて新居に入った一家は、鋲を外す事は断念したものの、天井板の一部を剥がし、想定外の足場を使って堀割に下り始めた。
 「うゎ、信じられない。お前、それは止しなさい。」
渡辺いっけい氏によく似た飼育係氏は、口とは裏腹に何処か嬉しそう。予想を上回る彼等の能力を楽しんでいるかにみえる。
 急遽リポーター嬢は撤退、清掃給仕のためのドア周辺を改修し滑りやすい塗料を施して本式の引越しとなった。

 この模様を見ているからオランウータン舎には一倍想い入れが強い。残り時間を睨みつつ象河馬舎の手前から引き返すと、巨大な鉄骨球を上に頂いた塔が現出した。鉄球の中に鎮座ましますは、一家の主婦リアン、令嬢モモはその傍で器械体操に余念がない。大黒柱はというと、空中地球儀のような別荘と鉄骨を伝って行き来出来る本宅の檻の中に突っ伏して睡眠中。なんともいい格好ではない。

 爆発した寝癖頭で動き回る御曹司が観客へのサーヴィスを一手に引き受ける。見上げることしばし、母の元へ戻った子がなにやら催促すると、ずっと座り込んでいた山の神が動いた。一粒種を小脇に悠然とポールを上り、両腕を使って檻へと続く鉄棒を渡る。
 檻の中に立ったポールを伝い降りるとしばし座り込む。芸を見せたつもりはなかろうが、私にとっては最高のショーだった。この住いを実現した人々に拍手したい。

 この夏完成予定なのが、この近所に別々に住むクモザルとカピパラとの合同家屋。絵に描いた餅は食えないが、絵に描いた夢は一つ一つ実を結びつつある。
 
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吹き溜まり




 寝る前にチャンネルを回していたら、デンマークのドキュメンタリーに釘付けになった。

 北極圏イヌイット女性の母乳から、都市部の女性の10倍の濃度のPCBが検出された。北極圏では使われていない有害物質が、北アメリカ、ヨーロッパ、さらにアジアからも、風に乗り、海流に乗って押し寄せる。
 海水から植物性プランクトンを経て動物性プランクトンへと取り込まれた物質は、飛躍的に濃度を高めながら魚、アザラシ、シロクマへと連鎖する。シロクマたちには、骨密度の低下、死亡率の上昇、精子の異常などなど生存の危機にさらされている。
 
 東グリーンランドの村では、シロクマが貴重な栄養源。食物連鎖の頂点に立ってしまった人々は、大量の有害物質を蓄積している。

 有害物質を排出するほとんど唯一の機会が、母乳なのだという。



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贋パンダ

 東映長編アニメの草分『白蛇伝』は、中国の著名な人獣婚姻譚を映画化して、声優は森繁久彌、宮城まり子という豪華版。ここに白蛇の精の恋を助ける動物としてパンダとミミ-のコンビが登場する。パンダはそのままジャイアントパンダだが、よくアライグマと誤解されるミミー君はレッサーパンダ。キャラクターデザインは、岡部一彦氏原案を森康二氏がアレンジしたもの。

 当時の子供たちはどちらの動物にも馴染みがなかったらしい。
日本にパンダブームが起こったのは、ランラン、カンカンが来日した1972年。
 早足で数秒パンダの姿を見るために何時間も行列する人たちが上野動物園に押し寄せた。このころのレッサーパンダは、日陰の存在。「この狸みたいなのもパンダなの?」とニセパンダ扱い。
ジャイアント・パンダが19世紀後半欧米に紹介されるまでの半世紀、彼こそが天上天下唯一無二のパンダだった。ジャイアント・パンダの出現で小さい(=レッサー)パンダに格下げられたのである。笹喰う者というネパール語が、パンダの語源というのが有力説。

 近年は彼本来の魅力が認められて喜ばしい限りだったが、またまたおかしな直立騒ぎの渦中に巻き込まれてしまった。
直立することで話題になった風太の後、あちこちの動物園から立てる、歩けると名乗りをあげた。いや、あげさせられた。
聞けば、レッサーパンダが直立できるのは当たり前とか。


 旭山動物園のシロクマ舎を出たところにあるレッサーパンダ舎の前にも人だかりが出来ていた。「かわいい」「これは立てんのじゃろ」「ニセ風太くんじゃ」と口々に。
 
 五頭のシセンレッサーパンダたちはそれぞれまぎれもなく唯一無二の彼ら自身。再びニセ呼ばわりはお門違いだろう。

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強制連行

 言うにことを欠き、何の変哲もないサル山と、先に旭山動物園の猿山のことを書いた。が、よく聞けば、これも猿が人を見下ろせる画期的な猿山とのこと。

 パイプ型の水槽を展示室に通して、泳ぐ海豹を身近に見られるようにしたのがアザラシ館、水槽の中に透明な海中トンネルを通して周囲を泳ぐペンギンを観察できるようにしたのがペンギン館。が、水族館にいる動物については、例えば大阪の海遊館などでも彼らの泳ぎを見上げることが出来る。どこの動物園でも見られない泳ぐ姿や歩き回る姿を見上げることの出来るシロクマ館は恐らくここだけ。同じ発想だが、サル山も柵に取り付いて見下ろす他、下に降りればサル山の麓から見上げることが出来る。

 ここは、文字通り駆け足で行き過ぎたばかりだが、給餌所の前に張り出された台湾猿駆除についての掲示が目に付いた。
 紀州の私立動物園から野生化した台湾サルと日本猿とのハーフが生まれている。生態系に与える影響、ニホンザルという種の保護の為、人間が持ち込んだ外来種たちを駆除しなければならない。彼らの命を奪うという方法でそれが為される事に反対の声がある。和歌山の台湾猿たちは既に50年紀州の山に生活してきたのだ。
 人間の過ちの清算を彼らの生命で購う、人情からいえば確かに身勝手で理不尽といわざるを得ない。
  
 掲示は事実を伝え、反対意見、霊長類学会の見解を示して入園者に投げかけている。
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再生の殿堂

 一番近い西口から入場して、アザラシ館に一番乗り、エントランスのドアを開けた途端に目に入るゴマフアザラシの垂直滑降は強いインパクトだった。

が、シロクマ舎の中央に顔を覗かせられる透明ドームではさしたる眺めもなく、期待が大きすぎたのかとも思ったが、TVが報道しないささやかなところにも『行動展示』の精神は貫かれている。穴っ入りが習性の蝦夷狸や北狐の檻には手前にそっと覗き込める穴倉が設えられている。覗いた後でついついバタンと閉めてしまって、「御免ね」と囁く入園者の姿が微笑ましい。

 一見変哲もないサル山も、下げられた縄に捕まって餌をとる様が見られる仕掛けなど工夫がいっぱい。各館の壁に掲示された情報もじっくり読むと新鮮な発見の連続。
 今日は一時間半駆け足での旭山動物園初体験。犀河馬舎や猛獣館、こども動物園は見捨てざるを得なかった。廃園危機の淵から八年、人気スポットにまでなった今話題の動物園だが、平日の午前中とあって芋の子洗う状態は免れた。
ここに限らずとも、ひとつの檻の前に時間を忘れて佇むのが動物園の醍醐味、せめて半日ぶらぶらしないとこの園内はとても味い切れない。


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場四の手十一



花札に嵌ってしまった。 

 ノート・パソコンを遂に乗り換えて、ふとゲームのバーを開けてみたら“こいこい”のゲーム・ソフトが入っていた。七年半使った初代のノートは、OS付属以外のソフトは一切入っていないものだったが、二代目は御多聞に漏れず100になんなんとするプログラムが組み込まれている。
 
 家族で正月にやった子供の頃以来。ルールもうろ覚えながら、手慰んでみたらパチンパチンと捌く音とスピード感が妙に心地よい。データの移動や設定を後回しに、起動すると最初に花札を手にする日々。


 配色、構図、季節感、ひとつひとつの絵札が一点一画をゆるがせに出来ない芸術品。花札といえばこの絵柄。ほかの絵を見た憶えがないが、いったい何処の誰が描いたのか。

 鉄砲と共に種子島に渡って来たポルトガルのカルタに花札の歴史は始まる。
 地方で独自の発展を遂げた地方札などのヴァリエーションを経て現在の花札の原型が出来たのは江戸末、その流れを享けて明治二十年代に現在の花札を作ったのが、任天堂の創業者工芸家の山内房治郎氏ということらしい。

 その後、トランプ製造にも手を伸ばした任天堂が専売公社のルートで全国制覇、花札といえばこの絵ということになったようだ。


 遊び方のルールには、いろいろヴァリエーションがあるらしい。母が子供のころ伯父と二人で遊ぶのに編み出したという“場四の手十一”というやり方では、中央に伏せた札を総てめくり切ることになっていたが、うちのパソコン・ゲームでは伏せたままの札が残る。

 点数計算で決着をつけるのでなく、役を作った段階でコールした者勝ちなのも大きな違い。
 一旦大きな役を作っても、その上を狙って勝負を続ける間に相手が小さな役で勝負をかければ向うの勝ち。成程そのほうが世の中に則している。

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