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一役者の気ままな雑記。 何処へ転がりまするやら。

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元祖?「今でしょ!」

 小学五・六年の時、教室の黒板の上に一つの標語が貼られていた。

十年ほど後に東京駅のデパートで見た『平櫛田中展』で、
寸分違わぬ文言に再会した。有り勝ちな言葉ではあるのだが、
更なる元祖があるのものか如何か。


代表作。鏡獅子は国立劇場ロビーを飾る


 田中(でんちゅう)翁は、国立劇場ロビーにも飾られる
六代菊五郎扮する鏡獅子像で高名な彫刻家。
東京駅のデパートで開催された展覧会には
半裸の菊五郎丈他、製作過程で作られた習作も並んでいた。
下帯一つで体の線を見せて稽古するというのは
九代團十郎から六代目菊五郎に纏わる修行メソッドの一つだが、
彫刻家も衣裳の下の姿から彫らずにはおかなかった。

 ちなみに、平櫛家の養子となった翁の旧姓が田中。
名字を重ねたような独特の雅号はその経緯による。
”今やらねば何時やれる 私がやらねば誰がやる“という
フレーズを教室に掲げた恩師の名字も同じだった。

 伝統の世界では“40,50は洟垂れ小僧”は常套句で、
有難いことに何時までも洟垂れ小僧でいられるのだが、
同じ言葉も翁にかかると聊かスケールが異って
60,70 洟垂れ小僧、男ざかりは百から、百から。
わしも一花咲かせたいものじゃ、となる。
六十代半ばに着手した『鏡獅子』を完成させた時は既に86叟。
言葉の通り、107歳で亡くなるまで創作意欲は旺盛だった。
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元禄の秋元康?

 三大仇討と言われるのは、この赤穂浪士の仇討ともう少し前の荒木又右衛門、
もう一つはずっと時代を遡って鎌倉時代の曾我兄弟。
 
 310年ほど前に起きた“赤穂事件”をフィクショナルに構成したのが”忠臣蔵“。
事件発生47年目に上演された『仮名手本忠臣蔵』の題名によって
事件そのものをも忠臣蔵と呼ぶようになった。
この一人の為に?

興行が振るわない時でも出せば当たる、芝居の世界の特効薬と言われた『忠臣蔵』。
戦後、他の二つは忘れ去られても赤穂浪士だけは繰り返しドラマや映画に取り上げられ
日本人の心の故郷とまでいわれた。
が、近年は流石に『忠臣蔵』って何?という向きも多い。

試みに高校時代に使った三省堂の『日本史』を開いてみても赤穂事件の記述はない。
ドラマや小説などが広めた“一般常識”だったわけだ。
47人という多人数(元々の浅野家300余人から言っても六分の一ほどが参加したことになる)が、
二年近い年月、志を保って行動した事実は一つのミステリー。浅野内匠頭という一人のためだったのか。
それが美談として推奨される感性が生き残って時代から、
理解不能と切り捨てられる時代に漸く差し掛かりつつある。
47人のテロ集団である側面を“義士”たちは持っている。
 
『元禄忠臣蔵』全十篇が書かれた戦時下は、“主君の仇討”が充分まかり通る時代だった筈。
が、真山青果はそこに居座らない。
討入りの決意を内蔵助が語る言葉は「ご政道に逆らう心算だ」である。幕府への異議申立。
『御浜御殿』にもあるように、吉良殺害が目的でないことが、
繰り返し説かれる。己に恥じない手順を踏まなければ意味がない、
事の成否は二の次であると。討入り後の『仙石屋敷』18ヶ条申開きに於いても、
テロ行為である側面に目を瞑らない。 
 広範な資料に徹した作者の筆は、思想信条を超えてそこまで踏み込まざるを得なかったのだろう。
今読むと『元禄忠臣蔵』には、集団が事を成すとはこういう事だという典型が描かれているのが判る。
大石内蔵助とは、こういう人物以外ではありえないと、ねじ伏せられるように納得する。
それは独り内蔵助像に留まらず、“不義士”を含めた群像にも通底する。

前進座ではこの後、五味康祐(ごみ やすすけ・通称こうすけ)原作『薄桜記』が控えている。
これまた視点を変えた『忠臣蔵』の世界。この世界は、まだ汲み果てない魅力を見せてくれそうだ。
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こいつぁ春から縁起が良いわぇー前進座劇場ファイナル

 京都の春秋座で上演した際には、学生さんがポスターを造って下さっていた。
三人の吉三の錦絵の周りに、鏤められた言葉は曰く、「近親相姦」「強盗」「殺人」と物騒なものばかり。
不道徳のオン・パレード。明治の所謂「演劇改良運動」は、今見るといささか滑稽だが、維新・国際化の時代に、海外に対して恥ずかしいと心配した気持ちもわからなくはない。

 不思議な運命に導かれる泥棒トリオの話は、初春早々縁起が悪そうなものだが、
『三人吉三』は、153年前の新春に上演された傑作。
懸命に生きる人間ドラマはむしろ清々しい。

 シェークスピアにも、不道徳な事柄は枚挙に暇ないが、殺しの場面などは舞台では余り見せないようだ。
殺人も強請騙りも、美に昇華してしまう歌舞伎は、つくづく不思議な芝居ではある。



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